世界遺産とは何か (世界遺産検定)




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本書の読み方

読む順序
各章は独立した論考ですので、最初から順番に読まないと理解できない、ということはありません。興味のあるところから読み始めてください(英語が好きな人は、最後の第9章から読んでもいいかもしれません)。

基本用語
巻末に「世界遺産を学ぶための基本用語の解説」を置きました。本文中のこれらの言葉には、各章で最初に出てきたところに*を付けてありますので、解説を参照してください。

読書案内
各章の最後には、さらに深く知りたい人のために、参考になる本やウェブサイトを載せてあります。ぜひ挑戦してみてください。

北海学園大学人文学部世界遺産研究班 (編集)
出版社 : マイナビ出版 (2020/9/16) 、出典:出版社HP

著者紹介(執筆順)

大森一輝(おおもり・かずてる)
[はじめに、第7章] 北海学園大学人文学部英米文化学科教授
マサチューセッツ大学アマースト校大学院博士課程修了、Ph.D.
専門分野:アメリカ史、人種関係論

宮澤 光(みやざわ・ひかる)
[第1章、おわりに] NPO法人 世界遺産アカデミー 主任研究員、東洋大学、跡見学園女子大学非常勤講師
北海道大学大学院国際広報メディア研究科博士課程単位取得
專門分野:世界遺産研究

手塚 薫(てづか・かおる)
[第2章] 北海学園大学人文学部日本文化学科教授
早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(文学)
専門分野:人類学

鈴木英之(すずき・ひでゆき)
[第3章] 北海学園大学人文学部日本文化学科教授
早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(文学)
専門分野:日本思想史

小柳敦史(こやなぎ・あつし)
[第4章] 北海学園大学人文学部英米文化学科准教授
京都大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(文学)
専門分野:西洋思想史、キリスト教学

柴田 崇(しばた・たかし)
[第5章] 北海学園大学人文学部英米文化学科教授
市立大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)
専門分野:メディア論

仲丸英起(なかまる・ひでき)
[第6章] 北海学園大学人文学部英米文化学科准教授
慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(史学)
専門分野:イギリス近世・近代史

ブシャー ジェレミ(Jeremie Bouchard)
[第8章] 北海学園大学人文学部英米文化学科准教授
バーミンガム大学大学院博士課程修了、Ph.D.
専門分野:異文化コニュケーション、言語ポリシー

田中洋也(たなか・ひろや)
[第9章] 北海学園大学人文学部英米文化学科教授
北海道大学大学院国際広報メディア研究科博士課程修了、博士(国際広報メディア)
専門分野:外国語教育

北海学園大学人文学部世界遺産研究班 (編集)
出版社 : マイナビ出版 (2020/9/16) 、出典:出版社HP

目次

本書の読み方
著者紹介

はじめに―世界遺産の「普遍性」と「多様性」― 大森 一輝
問1 「顕著な普遍的価値」とは?
問2 世界遺産は誰のものか?
問3 世界遺産=観光資源?

第1章 世界遺産はどのように選ばれるのか 宮澤 光
1 世界遺産とは何か
2 世界遺産活動の基本となるユネスコの平和理念
3 世界遺産登録までの長い道のり
4 世界遺産の登録を決めるのは誰か
5 なぜ世界遺産登録を目指すのか
6 世界遺産を守るのは誰か

第2章 縄文遺跡群を世界遺産に―登録の光と影― 手塚 薫
1 北日本の縄文文化
2 エグゼクティブサマリーからみた資産の顕著な普遍的価値
3 縄文文化とは何か
4 構成資産の特徴と課題
5 登録後を見据えて

第3章 世界遺産登録に伴うストーリーの創出とその問題点―「長崎・天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の事例から― 鈴木 英之
1 はじめに
2 シリアル・ノミネーションとストーリーの創出
3 潜伏キリシタンとカクレキリシタン
4 取捨選択される遺産
5 潜伏キリシタン信仰におけるシンクレティズム
6 おわりに

第4章 世界遺産のメタヒストリー―「アイスレーベンとヴィッテンベルクのルターの記念建造物群」を例に― 小柳 敦史
1 はじめに―世界遺産の歴史と物語―
2 メタヒストリーという視点
3 ルターを記念する世界遺産
4 ルター記念遺産の顕著な普遍的価値は何か
5 ルターの物語の複数性
6 ルター記念遺産のメタヒストリー
おわりに

第5章「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設」から見える世界柴田 崇
はじめに
1 「プランタン=モレトゥス」探訪
2 専門家の眼―歴史学とナショナリズム研究
おわりに

第6章 多文化主義社会における「顕著な普遍的価値」―カナダの世界文化遺産が抱える困難― 仲丸 英起
1 はじめに
2 カナダ自治領成立までの歴史
3 ケベック
4 リドー運河
5 おわりに

第7章 先住民遺跡観光の現状と課題―カナダ・アルバータ州を例に― 大森 一輝
1 はじめに
2 「過去の遺産」としてのHSIBJ
3 「今に生きる遺産」としてのBCHP
4 2つの遺産の比較
5 「先住民遺産観光」という困難
6 「『私たち』の文化」と「『世界』の遺産」をつなぐ

第8章 無形文化遺産―文化を理解し保護する新たな取り組み―ブシャー ジェレミ
1 はじめに
2 文化はどのように理解されるのでしょうか?
文化はどのように理解されるべきなのでしょうか?
3 無形文化遺産とは?
4 ユネスコの遺産議論における無形文化遺産の登場
5 無形文化遺産の選択
6 無形文化遺産の保護
7 伝統と現代生活を結びつけることの重要性
8 無形文化遺産と持続可能な開発
9 無形文化遺産の政治的側面
10 無形文化遺産の所有権と商業化
11 日本の無形文化遺産
12 結論

第9章 日本の世界遺産を伝える英語語彙・定型表現―英語の学びの視点から―田中 洋也
1 はじめに
2 方法
3 結果と考察
4 おわりに

おわりに 宮澤 光

世界遺産を学ぶための基本用語の解説
あとがき

北海学園大学人文学部世界遺産研究班 (編集)
出版社 : マイナビ出版 (2020/9/16) 、出典:出版社HP

はじめに―世界遺産の「普遍性」と「多様性」― 大森 一輝

みなさんは、「世界遺産」(特に文化遺産)と聞いて、何を思い浮かべるでしょう? 失われた文明へのロマンを掻き立てる太古の遺跡、壮麗な建築や美しい街並み、連綿と続く独特の暮らしや信仰のあり方を示す景観などでしょうか。確かに世界遺産には、我々が協力して守るべき「モノ」が認定されます。その「モノ」=人類の「宝」を保全し、その価値を共有するために、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)*が主導する世界遺産という枠組みは、大きな役割を果たしてきました。

しかし、すべての遺産が平等というわけではありません。世界遺産という制度は、地球上の自然や文化財を選別し不可避的に序列化する装置でもあります。ここでは、本論を読むための手引きとして、次の3つの問いを解くためのポイントを、あらかじめ解説しておきたいと思います。答えは、この本を最後まで読んだうえで、みなさん自身で考えてみてください。

問1:世界遺産がもつ(とされる)「顕著な普遍的価値」*とは何か?
問2:世界遺産は誰の(ための)ものなのか?
問3:世界遺産は観光資源なのか?

問1「顕著な普遍的価値」とは?
「世界遺産条約*履行のための作業指針*」では、文化遺産の「顕著な普遍的価値」を、「国家間の境界を超越し、人類全体にとって現代と将来世代に共通する重要性を持つような、特に優れた文化的な意義」であると定義しています。簡単に言えば、国境を越える(=世界中の人が認める)、時代も越える(=決して古びない)価値ということなのですが、何がそれに該当するかは、必ずしも明確ではありません。

というのも、国境を越えるのは、実際の運営上、簡単なことではないからです。候補となる遺産を推薦するのは「各国」の担当政府機関です。それを最終的に審議する世界遺産委員会*も、世界遺産条約締約国会議で選出された21の「委員国」で構成されています。つまり、国境を越えているかどうかを、国家を離れた立場から専門家が判定するのではなく、むしろ「国ごとに」主張し、(専門家の勧告をふまえながらも)「委員国」の代表が合議で決める(紛糾して動議が出されれば「一国」一票を投じて決する)ことになっているのです。

また、1994年には「均衡性・代表性・信頼性のためのグローバル・ストラテジー」*というものが採択されました。一方で、国や地域を越えると言いながら、他方で、地理的にはヨーロッパに、内容的にはキリスト教関連のものに大きく偏っていた実状に鑑み、全ての地域からバランスよく重要な遺症が選定されることを目指すという、国や地域に対する政治的な配慮がされるようになったのです。それが、皮肉にも、「我が国の遺産には国を越えた価値がある」と各国がさらに競い合うという奇妙な状況に拍車をかけることにもつながってしまっています。

あえて「普遍的価値」を訴える意義や、グローバル・ストラテジーの本当の意図については、本書の第1章で詳しく解説されていますので、それを読めば、世界遺産の「理想」を再確認できます。そのうえで、縄文遺跡群を例に第2章が指摘しているように、日本国内でも遺産登録が様々な困難を抱えているという「現実」にも目を向けてもらえればと思います。

問2 世界遺産は誰のものか?
国の威信をかけて普遍性を言い立てるという矛盾した推薦のプロセスが「国境を超えていない」だけでなく、ある文化遺産が本当に人類全体の共有財産と言えるのか、という中身の判定も、実は、簡単ではありません。最初から「世界的」な遺産など存在しないからです。すべての文化は、特定の地域で生まれ、育まれます。そして、その場所に、形ある「モノ」を残すことになる。そういう意味では、すべての文化遺産は、第一義的には、その地域に属し、その文脈の中で評価されるべきものです(このこと自体は、1994年の「真正性に関する奈良文書」*以来、世界遺産を認定・保存する際の基本的な指針とされています)。

しかし、他方で、その価値が地域を越え、国境も越えることを示すためには、その遺産をグローバルな視点で見直し、その意義を、「グローバルな物語」として、あらためて打ち出す必要があります。その際には、あえて乱暴な言い方をすれば、「世界にウケる」話に仕立て上げるために、そのようなストーリーにそぐわない、あるいはその流れを混乱させるような要素——部外者にはわかりにくい地域固有の事情——は切り捨ててしまう、ということも起こるのです。そのようなものとして世界に提示されるようになった遺産は、何のために・誰に・何を伝えているのでしょう。その新しい物語が、欧米中心の文化遺産観を補強し、地域の歴史や住民の認識を塗り替えてしまうことはないのでしょうか。

この問題については、第3章から第5章で、日本とヨーロッパの遺産を取り上げて考察します。ここでは、アジアの事例も含め、特に、昔からの建物や街並み・景観、そこでの暮らしぶりが保存すべき遺産だと認定された、いわゆるリビング・ヘリテージ(生きている遺産)と地域住民の関係についてあらかじめ少し補足しながら、「世界遺産は、地域のものであり、かつ、人類全体のものであり得るのか」という問題提起をしておきたいと思います。

中国雲南省にある「紅河ハニ族棚田群の文化的景観」地区では、世界遺産登録後、ハニ族自身の思いとは裏腹に、耐火性などの観点からすでに廃れてしまった茅葺屋根の家屋を新たに建てるなど、地元自治体や観光業者主導で「昔ながらの」村落景観が次々と「再現」されました。そこでは、儀礼用の器具が、その儀式が行われる時期だけでなく、一年を通して使われているかのように展示されるなど、民族文化が歪められる一方で、物質的な生活環境が変化するなかでも彼らが大切にしてきた民族意識の中枢は軽視されてしまっています。自分たちが変わらずに持っているのは、家や道具のようなモノではなく、独自の暮らしぶりや考え方なのだと主張しても、それが尊重されず、外部の目に留まりやすい「伝統」的遺物の価値が「現在」の生活を凌駕してしまっているのです1。

1阿部朋恒「先住民族から見た『世界遺産』—『紅河ハニ棚田群の文化的景観』の世界遺産登録をめぐって」『国立民俗学博物館調査報告』136(2016年)、107-121頁。

その最たる例が、世界文化遺産の中で唯一登録を抹消されたドレスデン・エルベ渓谷です。ここも文化的な景観ということで認定されていたのですが、交通渋滞解消のために橋が必要だということになり、住民投票で建設を決め実際に橋をかけたところ、景観が台無しになってしまったとみなされ、世界遺産リスト*から削除されました。一旦、「普遍的」な価値が認定されれば、それは世界中の人々のものなので、たとえその地域に住む人の多数が望んだとしても、保全計画を簡単に変えてもらっては(あるいは、保全計画に反することをしてもらっては)困る、その前提が大きく変われば、遺産の価値が損なわれるので、世界遺産というステータスも返上してもらわざるを得ない、というのが世界遺産委員会の方針だからです。

この2つの事例は、世界遺産になる/であり続けるためには、地域から切り離して保護する必要があるという、認定する側、そして認定された遺産を利用しようとする側双方の哲学を示しています。そういう意味では、遺産の保存と、その文化を実践してきた当事者や地元住民の意向とを調和させることは難しいように思えます。「よそゆきの顔」に化粧されたハニ棚田群は、もはやハニ族のものではなくなってしまった。逆に、市民生活と折り合いを付けようとしたエルベ渓谷には、国境を越える価値はないとされたのですから。
世界遺産は、人間が作り、その暮らしの中にあるものなのに、「普遍」的価値が認められれば地域のものではなくなり、その価値を守るためには、時を止めて「不変」の状態を保たなければならないのでしょうか。「時代を越える」とは、そういうことなのでしょうか。それなら、世界遺産のある地域が観光地化することに問題はないのでしょうか。

問3 世界遺産=観光資源?
世界遺産制度は、その設計当初から、「普遍」的な遺産を「不変」の形で保護・保存・伝承することが目的でした。観光は、むしろ、それを脅かす阻害要因だったのです。世界遺産条約の第11条は、観光開発を、急激な都市開発や武力紛争・自然災害などと並べて、「重大かつ特別な危険」であると警鐘を鳴らしています。文化遺産について登録の可否を勧告するユネスコの諮問機関「イコモス(国際記念物遺跡会議)」*が、「国際文化観光憲章」において、観光による経済的効果は「文化の保全のための力」となり得ることをようやく認めたのは、最初の世界遺産登録から20年以上を経た1999年のことでした。

しかし、意外に思われるかもしれませんが、各種調査によると、世界遺産は、長期的な観光客の増加、そして観光関連産業および自治体の継続的な収益増を確実にもたらすわけではありません。観光業者は目先の利益だけを追求し、ほとんどの観光客は一度だけやってきて見映えのいいところを写真に撮るだけ、ブームが去った後に残るのは地域の荒廃ということも少なくないのです。さらに、世界遺産は「世界中のみんなのもの」ですから、観光業者にも観光客にも、それを守り次世代に伝える(最低でも、その邪魔はしない、という)責務はあるはずなのですが、「みんなのもの」は「誰のものでもない」ということなのか、両者とも、概して、遺産の保存には無関心です。近隣の人も、誇りを感じつつも観光が遺産保全に与えるマイナスの影響について無自覚なまま、観光地としての宣伝に明け暮れる。ビジネスとしての観光は、遺産を「不変」の姿で守るどころか、消費し尽くし、破壊しかねません。

実例で考えてみましょう。中国雲南省の「麗江の旧市街」は、地域住民の生活空間そのものが文化遺産になっているところです。水路が張りめぐらされている美しい町ですが、世界遺産登録にともなって、その住民構成自体が変化してしまいました。観光地化によって、そもそも世界遺産に認定される重要な要素の1つであった水路、生活用水として使っていたその水がどんどん汚くなったり、騒音が酷くなるなど、環境が悪化したため、古くからの住民が追い出されるように郊外に脱出したのです。代わって流入した観光業者は、伝統的家屋を土産物屋や飲食店に改装しました。建物の内装や利用法は現代化され、景観が遺産ですから外観はかろうじて維持されていますが、伝統工法とは似て非なる得物の外壁も現れています2。

2山村高淑、張天新、藤木庸介編『世界遺産と地域振興―中国雲南省・麗江にくらす』(世界思想社 2007年)2-14、30-39、66-73頁。

モノ(建物・景観)は「不変」のまま残しているように見せつつも、コト(その場で営まれる生活)は、その文化を受け継ぐ人間ではない外部の業者が観光開発の主体になったことによって、大きく変えられてしまったのです。しかし、モノを認定する世界遺産という枠組みの中では、このことは問題にしにくい。ここから汲み取るべき教訓は、世界遺産を安易に観光「資源」にしてはいけない、ということではないでしょうか。確かに、資金がなければ保全はできません。しかし、経済の論理に流されてしまうと、何のために・何を・どのように守るべきなのかを見失ってしまいます。中心になって守るべき人の声が消されてしまうのです。

確かに、世界遺産は、「観光」による相互交流・理解のための(1つの)資源として活用できます。しかし、伝え続けていくべきなのは、モノに込められた精神なのだと思います。モノを守るのはそのためであり、モノが「不変」でありさえすれば、それでいいというわけではないでしょう。世界遺産を真正で完全なものとして保全することと、そこで暮らす人たちの生活を豊かにすること、そのためにも観光を振興し、それによって地域を経済的に潤すだけでなく文化的な認知度もアップさせること、そのすべてのバランスを取ることは至難の業です。しかし、世界遺産を活かすとは、そういうことではないでしょうか。

本書第6章・第7章では、このような問題意識を背景に、カナダの世界遺産を取り上げ、ヨーロッパ系住民と先住民それぞれが遺したモノ、その精神を「共に」受け継ぐにはどうしたらいいのかを検討します。続く第8章では、形のない(モノではなくコトとして伝承されている)文化遺産を守るとはどのようなことなのかを、さらに第9章では、世界遺産の意義はどのような言葉で伝えられているのか/伝えるべきなのか、を考えます。
全体を通して、世界遺産とは、私たち人間が変化しながら生きてきた/生きていることの証だということを感じ、本書を、世界遺産にどのように向き合うのかを考えるための手がかりにしてもらえれば、とてもうれしく思います。

その際、世界遺産は、いろいろな意味で「多様」だということを意識してください。それは、様々な地域の遺産が認定されるようになった、ということだけではありません。その価値(遺産の歴史)を説明するための公式のストーリーの際には別の(場合によっては複数の)物語があり、その保存・利活用の方法(遺産の現在、未来)についても、単純な対立ではなく、微妙に異なる心情がグラデーションを成しています。私たちには、遺産を受け継ぐ人類の一員として、そして、遺産に負荷をかける観光に(見る側としても見せる側としても)関わる者として、できるだけ多くの観点から世界遺産のことを考える責務があるのです。立場の違いを、「普遍性」をめぐる争いにするのではなく、「普遍性」を問い直し、その枠を広げるための歩み寄りの機会にする。そのためにも、現地に行って、遺産と対面してみましょう。きっといろいろなものが見えてくるはずです。その練習として、まずは以下の各章で、世界遺産の重層性に思いを馳せてみてください(ゴーグルを装着しなくても、文字だけでリアリティをヴァーチャルに体感できるのが、人間の想像力であり知性なのです)。

読書案内
・飯田卓編『文化遺産と生きる』(臨川書店、2017年)。
・西村幸夫、本中真編『世界文化遺産の思想』(東京大学出版会、2017年)。

北海学園大学人文学部世界遺産研究班 (編集)
出版社 : マイナビ出版 (2020/9/16) 、出典:出版社HP