ステンレス鋼の溶接 (溶接・接合選書)




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「溶接・接合選書」の発行に当たって

溶接・接合技術は,電子機器から大型構造物に至る製造の基盤技術として,産業立国としてのわが国の発展に重要な役割を果たしている。溶接・接合技術は,いくつかの基礎工学の上に展開されており,近年の科学・技術の著しい進歩は,基礎理論をはじめとし,応用技術に大きく影響を与えている。この流れの中で,新しい学問的体系化と高度な先進技術の有機的結合による溶接・接合技術が進展し,それらの正しい理解と適用が必要となっている。

(社)日本溶接協会では,これまでも常に進歩する溶接・接合技術の体系化ならびに正しい適用を図るため,昭和30年に全20巻の「溶接叢書」を,昭和53年に全20巻の「溶接全書」を企画,ともに産報出版(株)から刊行し,各界から高い評価を得てきた。

しかし,内外の社会情勢の変革や,科学技術の進歩に対応した,この分野の新たな技術全集の編纂が望まれるに至り,同会技術図書編集委員会のもとに溶接・接合選書編集委員会を設置,全巻構成,內容,執筆分担等について検討を重ね,全15巻の「溶接・接合選書」を発行することとなった。

「溶接・接合選書」は,基幹系,プロセス系,材料系,力学系の4系列から成り,基幹系の第1巻「溶接・接合プロセスの基礎」はプロセス系各巻の基礎を,基幹系の第2巻「材料接合工学の基礎」は材料系各巻の基礎を,基幹系の第3巻「溶接力学の基礎」は力学系各巻の基礎を,それぞれ受け持つ構成とした。

また,プロセス系には「アーク溶接」「ビーム溶接」「抵抗溶接」「ろう付」「特殊材料・特殊接合法」「表面改質」の6巻を,材料系には「鉄鋼材料の溶接」「ステンレス鋼の溶接」「アルミニウム合金の溶接・接合」の3巻を,力学系には「数値溶接力学」「溶接・接合継手の強度」「溶接構造のCIMシステムと溶接変形・残留応力」の3巻を設けて,各分野について詳しく説明する。

なお,基幹系は,溶接・接合技術を学習しようとする学生や溶接・接合技術の知識を得ようとする専門外の研究者および技術者を,残る3系列は,溶接・接合技術の研究者および設計施工や検査等に従事する技術者を,それぞれ読者対象としている。

本文の執筆には,学界ならびに産業界から,各分野の第一線でご活躍の専門家が当たり,懇切に各々の学説,技術解説に筆を揮い,今日の溶接・接合技術の最も信頼できる指標が示されたと信じている。

現在の溶接・接合技術に関する参考書として,最高峰に位置付けられる「溶接・接合選書」は,幅広い層の関係者の,技術調査あるいは研究および実務に必要な支援材料として,また,より高い知識の習得に導く座右の書として,さらに溶接・接合技術の進歩に役立つものと期待している。

平成8年4月
溶接・接合選書編集委員会

西本 和俊 (著), 小川 和博 (著), 夏目 松吾 (著), 松本 長 (著)
産報出版

まえがき

ステンレス鋼は今日,家庭用品,建設設備,自動車・車両,エネルギー関連機器および航空宇宙などあらゆる産業分野での製品に広く用いられる重要な工業材料である。ステンレス鋼がこのような発展を遂げるまでには約1世紀の期間を要している。

すなわち,ステンレス鋼の開発は,19世紀末における鉄一クロム合金の金属学的研究に端を発しているが,現在の主要な鋼種であるオーステナイト系,マルテンサイト系およびフェライト系ステンレス鋼の母胎となる鋼種に関する実用特許が出されたのは,いずれも1900年代初期である。その後しばらくの間,クロム中の炭素量を下げる精錬技術が未発達であったため,生産量もわずかで用途は軍需用のごく限られものであった。しかしながら,第2次世界大戦以降,精錬および製鋼技術が急速に進歩し,ステンレス鋼の生産量も大幅に増加するとともに,品質も著しく向上した。

我が国においては,この時期は戦後の復興期の経済成長期と重なり,工業技術も大きく発展した時期であり,ステンレス鋼の生産技術もめざましい発達を遂げた。1959~1960年にはゼンジミア冷間圧延機の製鋼メーカーに導入によるステンレス鋼薄板の生産の高効率化や,AODやVODなどの新しい製鋼法の導入と相まって生産量が急増し,1970年には我が国のステンレス鋼生産量は世界第1位となっている。その後も現在に至るまで,我が国はステンレス鋼の生産高および鋼種の多さでは世界トップクラスの地位を維持し続けている。

我が国が世界をリードするステンレス鋼の生産国であるのは,製造技術や新鋼種の開発努力もさることながら,その利用に関する周辺技術も常に発展させる努力を続けてきたことによることを忘れてはならない。これらの総合的な技術基盤が,今日のステンレス鋼技術最先進国日本を支えているといえる。ステンレス鋼の谷接技術はこの材料の利用技術のなかでも極めて重要な要素技術であり,世界に見ても優秀な我が国の溶接技術がステンレス鋼の産業各分野で需要の促進に果たした役割は少なくないといえる。

ステンレス鋼は鉄鋼材料の範疇であるが,その溶接技術は一般の炭素鋼や低合金鋼とは異なる部分もかなり多い。そのため,一般の炭素鋼や低合金鋼の溶接技術に関する知識や経験のみに頼って,溶接施工を実施して,問題や不具合に遭温するケースもしばしばある。

このような場合の不具合の解決や事前の問題の回避のためには,ステンレス鋼の溶接技術に関する十分な理解が必要なことはいうまでもない。本書はステンレス鋼の溶接技術全般について,基礎的な理解から実際的な問題解決に必要な事象について,レーザ溶接などのデータを含め最新の情報に基づいてまとめたものである。内容については,溶接部の組織形成過程や溶接欠陥の発生機構などに関しては初学者にも理解できるよう出来るだけ懇切に記述するようにつとめている。また,溶接施工条件や溶接施工管理に関しては,実施工データに基づく実践的な記述を行うようにつとめた。しかしながら,紙面の制約もあり,割愛した事項のあることに関してはご容赦を頂きたい。

本書の執筆に際して,小川和博が第1章および第2章(2.3項)を,西本和俊が第2章(2.1,2.2,2.3項)を,夏目松吾が第3章(3.1,3.4,3.5,3.7,3.8,3.11項),第6章,第7章,第8章を,松本長が第3章(3.3,3.6,3.9,3.10項),第4章,第5章,第9章,第10章をそれぞれ分担した。本書の記述に際して多くの研究者から貴重な資料の提供を頂いた。また,本書の執筆に際して,大阪大学大学院の森裕章氏,(株)神戸製鋼所 丸山敏治氏,および三菱重工業(株)川口聖一氏から多大なご協力を頂いた。これらの方々に厚く御礼申し上げます。

また,本書に貴重な資料を引用させて頂いた文献の原書者ならびに転載を許可していただいた出版社に対しましても深甚の謝意を表します。

2001年9月
西本 和俊

西本 和俊 (著), 小川 和博 (著), 夏目 松吾 (著), 松本 長 (著)
産報出版

目次

1. ステンレス鋼の種類と性質
1.1 ステンレス鋼の種類
1.1.1 ステンレス鋼とは
1.1.2 ステンレス鋼の分類
(1) 種類
(2) 発展系統
1.1.3 各種ステンレス鋼の特徴
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
(4) 二相系ステンレス鋼
(5) 析出硬化系ステンレス鋼
(6) 耐熱鍋
1.2 ステンレス鋼の性質
1.2.1 物理的性質
1.2.2 機械的性質
(1) 常温における機械的性質
(2) 高温における機械的性質
1.2.3 加工性
(1) 熱間加工性
(2) 冷間加工性
1.2.4 熱処理
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
(4) 二相系ステンレス鋼
(5) 析出硬化系ステンレス鋼
1.2.5 耐食性
(1) ステンレス鋼の不働態と全面腐食
(2) 粒界腐食
(3) 孔食・隙間腐食
(4) 応力腐食割れ

2. ステンレス鋼の溶接性
2.1 溶接部の組織
2.1.1 凝固モード
(1) 溶接金属の凝固
(2) サブ組織
(3) ステンレス鋼の凝固
(4) 凝固組織に及ぼす凝固速度の影響
2.1.2 室温組織
(1) 特徴
(2) 結晶方位関係
2.1.3 フェライト量の予測
(1) デルタフェライト量の予測方法
(2) フェライト量の表示
2.1.4 凝固偏析
(1) 溶質元素の分布
(2) フェライトおよびオーステナイトにおける分配係数
2.2 溶接欠陥
2.2.1 高温割れ
(1) 溶接過程で発生する高温割れ
(2) 使用中に発生する高温割れ
2.2.2 低温割れ
(1) ぜい化割れ
(2) 遅れ割れ(水素ぜい化割れ)
2.2.3 ブローホール
2.3 使用性能としての溶接性
2.3.1 耐食性
(1) 粒界腐食
(2) 孔食
(3) 応力腐食割れ
(4) ガルバニック腐食
2.3.2 機械的性質
(1) じん性
(2) クリープ特性

3. ステンレス鋼の溶接施工
3.1 溶接施工の能率性と経済性
3.2 溶接施工上の留意点
3.2.1 施工計画
3.2.2 品質管理
3.2.3 施工管理
3.3 開先準備
3.3.1 切断および開先加工
3.3.2 開先形状
3.3.3 開先面のクリーニング
3.4 溶接・接合方法
3.4.1 溶接・接合方法の種類
(1) 被覆アーク溶接
(2) マグ(Metal Active Gas Arc)
(3) ミグ(Metal Inert Gas Arc)
(4) ティグ(Tungsten Inert Gas Arc)溶接
(5) サブマージアーク溶接
(6) 帯状電極溶接
(7) エレクトロガスアーク溶接
(8) エレクトロスラグ溶接
(9) 電子ビーム溶接
(10) プラズマアーク溶接
(11) レーザ溶接
(12) スポット溶接
(13) ろう付
3.4.2 溶接・接合方法の選び方
(1) 溶接作業性・適用性からの選択
(2) 溶接性・品質からの選択
(3) 高能率・省人化からの選択
3.5 溶接材料
3.5.1 溶接材料の種類
(1) 被覆アーク溶接棒
(2) フラックス入りワイヤ
(3) ミグ・ティグ溶接用ソリッドワイヤ
(4) サブマージアーク溶接材料
(5) 帯状電極溶接材料
3.5.2 溶接材料の選び方・使い方
(1) ステンレス鋼同士の溶接
(2) 異種材料の溶接
(3) 肉盛溶接・クラッド鋼の溶接
3.5.3 溶接材料の保管・管理
3.6 溶接変形の防止
3.7 溶接条件の選択
3.7.1 被覆アーク溶接
3.7.2 フラックス入りワイヤ
3.7.3 ミグ溶接
3.7.4 ティグ溶接
3.7.5 サブマージアーク溶接
3.7.6 帯状電極肉盛溶接
3.7.7 プラズマアーク溶接
3.8 予熱および溶接後熱処理
3.8.1 予熱
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
(4) 二相系ステンレス鋼
(5) 異種材料
3.8.2 溶接後熱処理
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
3.9 溶接後の表面処理
3.9.1 溶接後の表面処理の目的
3.9.2 機械的方法によるスケールの除去
(1) グラインダ研削
(2) バフ研磨
(3) ブラスト研磨
(4) その他の方法
3.9.3 化学的方法によるスケールの除去
(1) 前処理
(2) 酸洗
(3) 後処理
3.9.4 不働態化処理
3.10 補修溶接
3.10.1 溶接欠陥の補修
(1) 欠陥の除去および欠陥除去の確認
(2) 補修溶接施工
(3) 補修溶接部の品質確認
3.10.2 供用中の補修
(1) 欠陥の除去および前処理
(2) 溶接補修
(3) 補修溶接部の品質確認
3.11 安全・衛生
3.11.1 有害輻射線による障害
3.11.2 ヒュームおよびガスによる障害
3.11.3 火傷と火災
3.11.4 感電による障害

4. ステンレス鋼の溶接継手性能
4.1 機械的性質
4.1.1 オーステナイト系ステンレス鋼
(1) 室温における機械的性質
(2) 高温における機械的性質
(3) 低温における機械的性質
4.1.2 フェライト系ステンレス鋼
(1) 機械的性質
(2) シグマ相ぜい化
(3) 475℃ぜい化
4.1.3 二相系ステンレス鋼
4.2 溶接継手部の耐食性
4.2.1 孔食
(1) オーステナイト系ステンレス鋼
(2) 二相系ステンレス鋼
4.2.2 粒界腐食
(1) オーステナイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
4.2.3 溶接部の応力腐食割れ
(1) 塩化物応力腐食割れ
(2) 高温純水中応力腐食割れ
4.2.4 隙間腐食

5. 異種材料の溶接
5.1 ステンレス鋼と炭素鋼,低合金鋼
5.1.1 溶接金属の成分変化と問題点
5.1.2 異材溶接境界部のボンドマルテンサイトの生成
5.1.3 異材継手部の溶接割れ
(1) 高温割れ
(2) 低温割れ
(3) 再熱割れ
5.1.4 溶接部の熱応力と残留応力
5.1.5 溶接後熱処理による組織変化
5.1.6 異材溶接施工技術
5.2 異種のステンレス鋼

6. ステンレスクラッド鋼の溶接
6.1 ステンレスクラッド鋼の種類
(1) 圧延クラッド鋼
(2) 爆着クラッド鋼
(3) 肉盛クラッド鋼
6.2 ステンレスクラッド鋼の溶接
6.2.1 開先形状
6.2.2 溶接施工
(1) 母材側の溶接
(2) 合せ材側の溶接
6.2.3 溶接後熱処理

7. 肉盛溶接
7.1 溶接施工上の注意点
7.2 溶接施工条件と溶接方法
7.3 アンダクラッドクラッキング
7.4 水素によるはく離割れ
7.5 溶接後熱処理

8. 溶接部の試験と検査
8.1 外観検査
8.2 ステンレス鋼の非破壊検査
8.3 溶接部の機械的性質に関する試験
8.3.1 クリープ試験
8.3.2 熱疲れ試験
8.4 デルタフェライト量の測定方法
8.4.1 化学組成から求める方法
8.4.2 磁性を利用する方法
8.4.3 体積率測定法
8.5 腐食試験
8.5.1 全面腐食試験
8.5.2 粒界腐食試験
(1) 硫酸・硫酸銅腐食試験(JIS G 0575)
(2) 65%硝酸腐食試験(JIS G 0573)
8.5.3 隙間腐食試験
8.5.4 孔食試験
(1) 塩化第二跌水溶液浸渍法
(2) 食塩水浸漬法
(3) 孔食電位測定
8.5.5 応力腐食割れ試驗
8.5.6 発錆試驗
(1) 塩水噴霧試驗(JIS Z 2371)
(2) 銅·酢酸加速塩水噴霧試驗(キャス,CASS試験)(JIS D 0201)
8.5.7 高温酸化試驗

9. 劣化診断・寿命予測
9.1 経年劣化による損傷要因
9.2 余寿命診斷技術
9.3 解析的評画法
9.4 破壞的評画法
9.5 非破壞的評画法
9.5.1 クリープ損傷診断法
9.5.2 疲劳損傷診斷法
9.5.3 時効損傷診断法
9.5.4 オーステナイトステンレス鋼の鋭敏化度検知法
9.6 余寿命評価技術の現状
9.6.1 熱交換器チューブの寿命予測技術
9.6.2 配管の寿命予測技術

参考文献
索引

西本 和俊 (著), 小川 和博 (著), 夏目 松吾 (著), 松本 長 (著)
産報出版