技術士第二次試験 評価される論文の書き方〈第2版〉




はじめに

(1)技術士と技術士試験

技術士は,国によって科学技術に関する高度な知識と応用能力が認められた技術者で,科学技術の応用面に携わる技術者にとって最も権威のある国家資格です。特に公共事業のプロポーザルでは,技術士資格が評価ポイントになっている場合が増え,技術士の必要性が増しています。

技術士になるためには,技術士第一次試験の合格(又は指定された教育課程の修了),所定の業務経験,技術士第二次試験の合格が必要になり,長い道のりになります。

第二次試験は筆記試験と口頭試験で構成されますが,技術士試験のうち最大の関門となっているのが,第二次試験の筆記試験です。筆記試験は,記述式(論文の記述)となります。

(2)記述式における実例

記述式では,次のような問題が出題されます。
専門でない方がほとんどだと思いますが,この問題について考えます。

平成25年度技術士第二次試験問題〔建設部門〕
建設環境 【選択科目Ⅲ】

答案用紙3枚以内(600字×3枚以内)にまとめよ。

Ⅲ-1 我が国における総CO22排出量においては,都市における社会経済活動に起因することが大きい家庭部門やオフィスや商業等の業務部門と自動車・鉄道等の運輸部門における排出量が全体の約5割を占めている。このような状況を踏まえ,建設環境の技術士として以下の問いに答えよ。
(1) 低炭素都市づくりを実現するための方策を3つ具体的に示し,各々の方策が低炭素に寄与する仕組みを述べよ。
(2) その方策のうち,あなたが重要と考えるもの1つについて,その理由を説明するとともに,その方策の実施に当たっての技術的課題を述べよ。
(3) 上記の課題を解決するための技術的提案及びその提案の留意点やリスクについて述べよ。

例えば,下線の(1)に対して図0-1に示すような論文構成と内容を考えたとします。
この論文構成は,技術士としてふさわしい解答として評価されるでしょうか?

「低炭素都市づくりを実現するための方策を3つ具体的に示し」に対して,「公共交通機関の利用促進」「交通流対策の推進」「エコカーの推進」の方策をあげています。
しかし,3つの方策は,この3つで本当に適切でしょうか?
それぞれの方策は,問題のとおり低炭素に寄与する仕組みを述べています。
しかし,低炭素に寄与する仕組みは,例に示す記載で本当に十分でしょうか?
改めて考えてみると,なんとなく違和感を感じる人もいるかと思います。この論文構成について,技術士試験で求められる能力といった観点から見ていくことにします。

図0-1 低炭素都市づくりを実現するための3つの方策と低炭素に寄与する仕組み(例1)

(3)そもそも技術士試験で求められる能力とは?

そもそも,技術士の筆記試験では何が求められているのでしょうか?

もちろん,技術士にふさわしい専門知識を修得している必要があります。しかし,平成19年度に技術士試験の試験方法が大きく改正され,現在,筆記試験では,専門知識だけでなく,問題解決能力及び課題遂行能力,応用能力等が重視されるようになりました。このため,専門知識をただ知っているだけでなく,専門知識を用いて,課題を適切に解決しているかということが厳しく確認されるようになりました。

先ほど例題で示したⅢ選択科目では,問題解決能力及び課題遂行能力が確認されます。見落としている受験者もいるかもしれませんが,このような技術士試験で求められる能力の概念等は公表されています(表0-1参照)。
解答を考える際には,これらを十分に踏まえる必要があります。

表0-1 出題内容等について(Ⅲ選択科目)

概要 社会的なニーズや技術の進歩に伴い,社会や技術における様々な状況から,複合的な問題や課題を把握し,社会的利益や技術的優位性などの多様な視点からの調査・分析を経て,問題解決のための課題とその遂行について論理的かつ合理的に説明できる能力
出題内容 社会的なニーズや技術の進歩に伴う様々な状況において生じているエンジニアリング問題を対象として,「選択科目」に関わる観点から課題の抽出を行い,多様な視点からの分析によって問題解決のための手法を提示して,その遂行方策について提示できるかを問う。
評価項目 技術士に求められる資質能力(コンピテンシー)のうち,専門的学識,問題解決評価,コミュニケーションの各項目

出所:「平成31年度技術士試験の概要について」(公益社団法人日本技術士会)

例えば,出題内容に「多様な視点」と「課題の抽出」といった記載があります。
この出題内容に照らし合わせれば,前掲図0-1の解答では,「本当に多様な視点で検討しているのか?」と「本当に適切な課題が抽出されているのか?」といった点で疑問が残ります。これでは,採点者から良い評価をもらうことは難しいと思います。

(4)修正の例

技術士試験で求められる能力といった観点から,次に前掲図0-1の解答の修正例を示します。

3つの方策としては,その中に国が重要と考える「集約型都市構造への転換」を含めました。また,自動車のCO22排出量の削減に向けた方策だけでなく,住宅等のCO22排出量の削減に向けた方策も含めました。

そして,「公共交通機関の利用促進」の低炭素に寄与する仕組みの記載については,低炭素に寄与する仕組みだけでなく,前段に現状の都市が抱える問題点について言及するようにしました。
これで違和感が消えたのではないでしょうか?

【低炭素都市づくりを実現するための3つの方策】
方策① 公共交通機関の利用促進
方策② 交通流対策の推進
方策③ エコカーの推進

修正の例

方策① 集約型都市構造への転換
方策② 公共交通機関の利用促進
方策③ 省エネルギー建物への更新

【低炭素に寄与する仕組み】
方策① 公共交通機関の利用促
CO2,排出量の少ないバス等の公共交通機関に移行し,CO2排出量を削減する。

修正の例

方策① 公共交通機関の利用促進
利用が多い自動車は,1人当たり輸送のCO2排出量がバス等に比べて大きく,CO2排出量への寄与が大きい。このため,CO2排出量の少ないバス等の公共交通機関に移行し,CO2排出量を削減する。

(5)試験当日に作成する答案

実際の試験では,前述したような技術士試験で求められる能力を十分に考慮しながら,複雑な問題文への答案を答案用紙600字×3枚(Ⅲ選択科目の場合)に示す必要があります。

一方で,試験では制限時間が設けられているため,多くの受験者が答案を埋めることだけに意識をとられ,思いつくままに答案を書き始めてしまいます。その結果,技術士試験で求められる能力について意識を向けないまま答案を作成してしまいます。このような答案の作り方では,なかなか評価されにくいと考えます。

実際の試験で,適切な答案を作成するためには,最初,答案を書き始める前に,求められる能力を踏まえて論文構成を十分に検討する必要があります。

では,具体的にどのレベルまで論文構成を検討する必要があるでしょうか?先ほどの例題について,どこまで論文構成を作り込む必要があるかは人によって異なりますが,論文構成の例を図0-2に示します。

私たち「技術士の学校」は,実際の試験のときにこのレベルまで紙に書いて具体化することを目標にしています。技術士試験で求められる能力をアピールするためには,最初の段階で図0-2に示すレベルで論文構成を作り込んだほうがよいと考えます。

このため,筆記試験に向けては,このレベルの論文構成が実際の試験のときに作成できるように,トレーニングを繰り返す必要があります。

本書では,技術士試験で求められる能力を踏まえて,適切な論文構成を検討するための考え方や思考プロセスについて説明します。

下所 諭 (著), 技術士の学校 (監修)
出版社: 中央経済社; 第2版 (2018/11/23)、出典:出版社HP

(6)平成31年度の試験方法の改正について

平成31年度においては,試験方法の改正がされました。本書は,平成31年度の試験方法の改正に対応した内容となっています。

この試験方法改正では,筆記試験において,必須科目がマークシートの択一式から記述式に変更となりました。今後,必須科目も記述式に対応する必要があり,筆記試験はすべて記述式となりました。

(7)本書の位置付け

前述のような,技術士としてふさわしい考え方,思考プロセス等は,有能な技術士の暗黙知であり,形式知として共有される機会は少ないのが実情です。

筆記試験に合格するためには,技術士として評価される論文を量産できるようになることが重要で,そのためには,技術士としてふさわしい考え方,思考プロセスを身につける必要があります。

一方で,技術士筆記試験の参考書を見ると,解答例について示しているものは多いのですが,どのような考え方,思考プロセスで論文を書けばいいかについて詳しく言及しているものはあまりないと感じました。

図0-2実際の試験のときに作成する論文構成の例

平成25年度技術士第二次試験問題〔建設部門〕
建設環境【選択科目Ⅲ】
Ⅲ-Ⅰ 我が国における総CO2排出量においては,都市における社会経済活動に起因することが大きい家庭部門やオフィスや商業等の業務部門と自動車・鉄道等の運輸部門における排出量が全体の約5割を占めている。このような状況を踏まえ,建設環境の技術士として以下の問いに答えよ。
(1) 低炭素都市づくりを実現するための方策を3つ具体的に示し,各々の方策が低炭素に寄与する仕組みを述べよ。
(2) その方策のうち,あなたが重要と考えるもの1つについて,その理由を説明するとともに,その方策の実施に当たっての技術的課題を述べよ。
(3) 上記の課題を解決するための技術的提案及びその提案の留意点やリスクについて述べよ。

本書では,技術士としてふさわしい考え方,思考プロセス等を,具体的な例題を通してできる限り形式知として表現することを試みました。例題を用いながら,できる限り具体的なイメージを持っていただけるようにと心がけました。そして,技術士としてふさわしい考え方,思考プロセス等を踏まえてどのように論文を書けばいいかについても説明しています。

本書の構成は以下のとおりです。
○技術士試験の最難関課題! 筆記試験の記述式問題
○平成31年度技術士試験の試験方法の改正に向けた勉強の方針
○「Ⅲ選択科目」
○「Ⅱ選択科目」
○「I必須科目」
○論文を書く
○さらに合格に近づくための重要ポイント

技術士試験で求められる能力について理解を深め,技術士としてふさわしいと評価される論文を書くために,本書を活用していただければ幸いです。また,短い時間で本書の内容を深く理解したい場合は,私たち「技術士の学校」の提供する対策講座も有効になると考えます。

本書の活用のポイント
本書は,最初のページから通読するというよりも,勉強の進歩を踏まえて,理解を深めたい箇所を探しながら,現状で必要な箇所を読んでいただければと思います。

(8)技術士試験の最難関課題!筆記試験の記述式問題

第二次試験の筆記試験の合格率は十数%であり,記述式の成績が合否を分けます。
試験方法の改正により,記述式は暗記では対応できない試験となっています。

一方で,これまでの私たちの勉強方法は,知識の修得に偏重しています。
知識はもちろん必要ですが,技術士としてふさわしい考え方,思考プロセスを身につけるためには,知識の修得とは別の勉強方法が必要となります。

ここでは,技術士試験で求められる能力,筆記試験(記述式)のルール,技術士としてふさわしい考え方,思考プロセスを身につけるための勉強方法の概要について示します。

なお,技術士としてふさわしい考え方,思考プロセスを身につけるための勉強方法について,詳細は姉妹書の『技術士第二次試験 最短ルートの正しい勉強法』(中央経済社刊)に整理しています。

(9)平成31年度技術士試験の試験方法の改正に向けた勉強の方針

今後は,平成31年度における試験方法の改正を踏まえて勉強する必要があります。
「平成31年度技術士試験の概要について」(公益社団法人日本技術士会)には,技術士試験で求められる能力についての概念,出題内容,評価項目が明記されています。これらの項目が定められているということを,まずは理解しておく必要があります。

また,改正を踏まえて,必須科目,選択科目で,優先して着手しておいたほうがよい科目について考えます。

(10)「Ⅲ選択科目」,「Ⅱ選択科目」,「I必須科目」

筆記試験においては,問題解決能力及び課題遂行能力,応用能力等が確認されます。
問題解決能力及び課題遂行能力,応用能力等については,出題内容等が示されていますが,抽象的な表現となっており,これだけでは,具体的なイメージをつかみにくいと思います。

これらについて,本書では例題を用いて具体的なイメージをつかめるように解説します。さらに,留意点や,よくある設問への対応についても解説します。

本書では,優先的に着手したほうがよい科目の順番も踏まえて,「Ⅲ選択科目」,「Ⅱ選択科目」「I必須科目」の順番で解説することとします。

(11)論文を書く

筆記試験は,合格率が10~20%であり,5人~10人のうち1人に入らなければパスできない狭き門となっています。答案を採点する採点者に対して,技術士としてふさわしい考え方をしていることを,答案を通じてアピールする必要があります。

しかし,ぱっと見て何を記載しているかわかりにくい答案をよく見かけます。答案がわかりにくいということだけで,こちらの意図がうまく伝わらずに他の受験者に遅れをとってしまいます。

このため,論理的な論文構成を答案に表現し,記載されている内容がぱっと見て理解してもらえる答案を作ることが重要となります。このような「見てわかる」答案の作成方法について説明します。

(12)技術士を志す人たちに向けて

私たちは「技術士の学校」という技術士筆記試験を支援するサービスを提供しています。技術士の筆記試験について受験者を支援する過程で,彼らは技術士資格取得だけにとどまらず,技術者として大きく成長していることを実感しました。

本書が,技術士を志し,技術者としてプロフェッショナルになりたいと考える人たちの参考になれば幸いです。

下所 諭 (著), 技術士の学校 (監修)
出版社: 中央経済社; 第2版 (2018/11/23)、出典:出版社HP

目次

はじめに

1 技術士試験の最難関課題! 筆記試験の記述式問題
1.1 技術士と技術士試験
1.2 第二次試験のうちの筆記試験
1.3 筆記試験の成績及び結果の例
1.4 技術士試験で求められる能力
1.5 筆記試験(記述式)のルール
1.6 技術士としてふさわしい考え方,思考プロセスを身につけるための勉強方法
1.7 本書の位置付け

2 平成31年度技術士試験の試験方法の改正に向けた勉強の方針

3 「Ⅲ選択科目」
3.1 Ⅲ選択科目で求められる能力を理解する
3.2 「多様な視点」とは何か?
3.3 「多様な視点」で考える
3.4 「課題の抽出」とは何か?
3.5 「課題の抽出」を行う
3.6 「問題解決のための手法,その遂行方策」を提示する
3.7 問いを押さえる, 押さえ続ける
3.8 最後の設問から考える
3.9 重要と考えるもの1つについてその理由の説明
3.10 情報を探す
3.11 論文作成のプロセス
3.12 留意点

4 「Ⅱ選択科目」
4.1 Ⅱ選択科目で求められる能力を理解する
4.2 「与えられた条件」
4.3 「業務遂行手順」
4.4 「留意すべき点,工夫を要する点」
4.5 情報を探す
4.6 留意点
4.7 「Ⅱ選択科目」のうち専門知識に関するもの

5 「I必須科目」
5.1 I必須科目で求められる能力を理解する
5.2 I必須科目対策

6 論文を書く
6.1 避けたい答案の例
6.2 「見ただけでわかる」答案を作る
6.3 文章の長さ
6.4 Ⅲ選択科目の答案の例
6.5 Ⅱ選択科目の答案の例

7 さらに合格に近づくための重要ポイント
7.1 試験本番を想定し続ける
7.2 技術士試験で求められる能力を磨き上げる
7.3 最短で専門知識を身につける
7.4 日常の業務等を通じて技術士試験で求められる能力を身につける

おわりに

下所 諭 (著), 技術士の学校 (監修)
出版社: 中央経済社; 第2版 (2018/11/23)、出典:出版社HP