和ハーブ図鑑




序章 和ハーブと日本人の暮らし

食 人の身体は植物からできている

『食』は人間の生命を支える根源であり、栄養素(有機化合物)のほぼ全ては植物が生産する。本書での掲載は、主に野生種の和ハーブ、栽培種では食用以外に有用性が多いものに絞っている。

《1》「トチノキ」稲作の収穫が不安定な山村の貴重なでんぷん源であった。
《2》「ナギナタコウジュ」アイヌ民族にとって、”生活茶”であると同時に、二日酔いの特薬としても使われた。

薬 健やかさを支える植物たち

『薬』は人が生きていれば遭遇する病や怪我を癒やす自然の恵みである。本書での掲載は「和薬」といわれる日本野生原種の民間薬素材に絞り、他の薬用植物本に見られるような漢方処方に使われる中国由来種は掲載していない。

《1》「ゲンノショウコ」日本人がもっとも使ってきた民間薬。軒先に干される光景は江戸の風物詩だった。
《2》「タチバナ」絶滅寸前の日本唯一の野生柑橘は、初めて記録された最古の薬でもある。

色 匂い立つ生命の彩をいただく

『色』はそれぞれ意味を持ち、信号となる。また、人の心を癒してきた。本書での掲載は、日本の伝統色である”和色”の原料植物。石油化学が無いころに、人々は植物から抽出した色素を伝統的に染材として利用してきた。

《1》「アカネ」その根に持つ朱色の色素。生命力溢れる太陽の色、そして日本の色の原点。
《2》「クサギ」秋に実る宝石のような青い果実と赤いガクから、二種の和色を抽出する。

浴 日本の宝の習慣”香温浴”

『浴』すなわち風呂は心身を清め整える、日本人だけの宝の習慣。本書での掲載は、伝統的な入浴剤、また日本の風呂の原型である熱気風呂・蒸気風呂の燃料や蒸し材とする(石鹸や桶など入浴道具は「材」カテゴリー)。

《1》「セキショウ」素晴らしい香りと薬効を持つ、日本のお風呂ハーブ」のルー
ツである。
《2》「リュウノウギク」「重陽の節供』で使われた。花だけでなく茎葉も香り高い野菊の代表。

繊 紡ぎ綾なす草木の縁

『繊』は日本人の生活の根幹を成す材であり、元来は植物から作られた自然の素材であった。本書での掲載はいわゆる繊維素材のうち、布素材に使われる糸、紙の繊維、紐などの原料植物。葉、茎、樹皮などから抽出される。

《1》「ヒメコウゾ」大陸から伝わった紙の技術を、世界が絶賛する日本が誇る伝統に育て上げた。
《2》「クズ」蔓からとれる繊維は丈夫で美しく、その繁殖力から庶民の素材としても重宝された。

粧 魅力を引き立て隠す術

『粧』は人の心を高揚させ、その状態を相手に伝え、あるいは覆い隠す。本書での掲載は口紅、化粧水、白粉、お歯黒、整髪剤などに使われた原料植物。(洗顔・洗髪などが目的のものは「材」カテゴリー)。

《1》「ベニバナ」抽出される『紅』は日本女性の美の象徴。しかし花を採取する女性の指は鋭い棘で、血の紅、に染まったという。
《2》「ヌルデ」の虫こぶからとれる五倍子は、既婚女性のサインであるお歯黒の高級素材であった。

礼 神を導き仏を癒し邪を払う

『礼』は生活の節目節目に豊かな生活を神仏に祈り、感謝する習慣だ。本書での掲載は、神事や仏教に関連が深いもの、日本古来のアミニズム的なものなど、祭事・生活儀礼に関連する有用植物。

《1》「シキミ」心地良い香りを持つが全草に毒を含み、葬儀や墓前に魔除けと死臭消しを兼ねて有用された。
《2》「アサ」油、繊維、薬など有用性が高く、含まれる麻薬成分は宗教の儀式に使われたという。

環 場を”調える”植物たちのちから

『環』植物はそこにいるだけで、人の住む環境を整えくれる機能を持つ。本書での掲載は、広い意味での環境保持の役割をもつもので、防風・防火・砂防・防雪、また街路樹や公園樹、観葉・鑑賞植物など。

《1》「センダン」生長が早く街路樹や公園樹に使われる。同時に防虫・殺菌作用を自然農薬として、また便所や棺の材に有用された。
《2》「ヤブツバキ」椿油が有名だが、海岸性の常緑樹として防風林・防潮林・砂防林としても重宝される。

材 暮らしの基本は草木が造る

『材』森林が大部分を占める日本では、生活材の大部分を植物に頼ってきた。本書での掲載は、生活用途剤、家具、食器、容器、石鹸、洗剤、塗料、防腐、防虫殺菌、玩具、その他生活用具など。

《1》「イネ」果実(米)を収穫後、薫は屋根や草履、糠は石鹸、籾殻はクッション材と、あらゆる生活用品の材としてフル活用した。
《2》「エゴノキ」妖精のような花が果実になればサポニンを多く含み、洗剤や魚の毒漁に使われた。

毒 “毒と薬は紙一重”は先人の知恵

『毒』毒と薬はその作用機序では共通し、また毒矢など毒性そのものを活かした活用法もある。本書での掲載は、有用性が低い種はフィールド観察の参考のため、有毒植物の小章を設けて掲載した。

《1》「トリカブト」最強の有毒植物は、薬・狩猟用の矢毒・観賞用など有用性が高い和ハーブといえる。
《2》「ドクウツギ」食欲をそそる見栄えと甘い味の果実は多くの子供を殺した。『ドクウツギ狩り」が行われ、今は見ることが難しい。

古谷 暢基 (著), 平川 美鶴 (著), 一般社団法人和ハーブ協会 (編集)
出版社: 和ハーブ協会; 第一版 (2017/8/26)、出典:出版社HP

本書の特徴と使い方

本書は、日本人が言いより長年に渡って石川してきた植物「和ハーブ」のガイドブックです。

掲化されている植物については、

1生育環境
2観察・見分けのポイント
3有用性
4機能性(栄養成分)
5人との関わりにおける歴史
6植物としての生態の特徴

などに観点を置き、写真および解説を構成しています。

さらに分類や形態、および有用性はアイコン化し、わかりやすくしています。単なる植物観察のガイドブックとしてだけでなく、その植物がどのように人と関わり、有用されてきたかを紹介しているのが本書の主旨であり、他の図鑑などとはもっとも違った特徴でもあります。

1名前
植物の特徴を表すキャッチフレーズ、および和名(漢字表記)

2写真およびキャプション
生態特徴の見分けがしやすいよう、葉や花等の各部位を紹介、ならびに実際の有用法等

3活用分類マーク
本書で定めた生活分野別に有用性を分類
【食】…飲食(食、茶、酒)
【薬】…医療、漢方薬、民間薬
【色】…染色
【浴】…浴剤
【繊】…繊維(糸、布、紙、紐等)
【粧】…化粧、整髪等
【礼】…神事、仏事、祭事、儀礼
【環】…保安林(防風林、防火林、砂防林、防雪林等)、街路樹、公園樹
【材】…上記以外の用途材(家具、食器、容器、石鹸、洗剤、塗料、防腐、防虫殺菌、玩具等)
【毒】…有毒植物

4基本データ
学名/主に米田浩司・邑田仁『日本維管束植物目録』に準拠
別名/和名以外の呼称、方言名等
分類/科名および属名。原則としてAPG分類体系に準拠
分布/日本国内で自生が確認できている地域(「日本全国」の表記は北海道、本州、四国、九州、沖縄(含む南西諸島)全域に至る。栽培種は野生化しているものを含め、「栽培」と表記
樹高(木本類のみ)/低木、小高木、高木(高さ区分の詳細は第1章を参照)

5植物の形態検索マーク
見分けの指標(区分の詳細は第1章を参照)

草本類
□一年草あるいは多年草
□開花期時期の目安は
早春(1~2月)、春(3~4月)、初夏(5~6月)、夏(7~8月)、秋(9~10月)、冬(11~12月)
花色:白、黄、緑、青、紫、桃、橙、茶

木本類
□広葉樹あるいは針葉樹
□分裂葉、あるいは不分裂葉
羽状複葉あるいは掌状複葉(広葉樹)
針状葉あるいは鱗状葉(針葉樹)
□互生あるいは対生(広葉樹)
束状あるいは、羽状(針状葉)
□全縁あるいは鋸歯縁
□常緑樹あるいは落葉樹

6プロフィール本文
名前の由来、原産地、見分けのポイント、機能性、民俗文化等を説明

古谷 暢基 (著), 平川 美鶴 (著), 一般社団法人和ハーブ協会 (編集)
出版社: 和ハーブ協会; 第一版 (2017/8/26)、出典:出版社HP

目次

序章 和ハーブと日本人の暮らし
本書の特徴と使い方
目次
はじめに

第1章 和ハーブの概念と植物の基礎知識

和ハーブの定義/草本植物・木本植物/和ハーブの生育環境/植物形態の名称/植物分類の基礎知識/和ハーブを採取する

第2章 和ハーブプロフィール

草本植物/木本植物/有毒植物

付録協会概要
おわりに
索引

はじめに

私の本懐は世の健康・医療情報や文化をわかりやすく世間にお伝えし、活用していただくことにある。2008年に日本の薬草文化の掘り起こし事業を依頼された時、地球上の有機物のほぼ全てを生産している植物の奥深さ、そしてそれにあまりに無知な都会育ちの自分に、愕然とした。そこから猛勉強が始まり、ヨモギも見分けられなかった植物音痴が、今は有用植物の調査を行政に依頼されるまでになった。

その成長の過程のなかで、ある自然ガイドの方から、「和ハーブ(有用植物)」という視点に絞った植物観察教室の依頼をされた。その頃は未熟者ではあったが、これも自分の研鑽になるとお引き受けした。そして当日は得意である植物の有用性を中心に案内した。

するとプロ中のプロである依頼主の方から、「いつもは植物生態や形態などに説明が偏り、一部の参加者には響かないことが悩みだったが、植物と人の関わりを話すとこんなに惹きつけられることに感動した!」という感想をいただけたのである。胸を撫で下ろすと同時に、当協会のフィールド観察における方向性が改めて明確に見えた気がした。

別書『和ハーブにほんのたからもの』でも述べさせていただいているように、私たちは足元に生える植物、すなわち和ハーブによってその命と生活を繋いできたといえる。

『日本の自然に昔から生える植物のほとんどが、私たちの祖先によって有用されていたものであること』…それは野山に限らず、市街地に生える雑草や街路樹においても実感できる。もし読者の皆様にもそれらが見え、理解できるようになれば、楽しく、そして世界が変わることは間違いないのだ。

本書では私や協会メンバーが8年に渡って全国各地を飛び回り、自分たちの目と耳で得た実践的な情報と観点を織り交ぜた、価値ある書になっていると自負する。

なお「和ハーブ」の定義には野菜や果物も入るが、食用に特化した栽培種は今後発刊予定の別書にまとめる。本書では野生種、あるいは栽培種では有用性が多岐に渡るものを中心に採用した。また有用性のストーリーに重点を置いたが、野外観察における植物の見分け機能もできる限り入れており、上手く活用いただきたい。

2017年7月1日 一般社団法人和ハーブ協会理事長 古谷暢基

古谷 暢基 (著), 平川 美鶴 (著), 一般社団法人和ハーブ協会 (編集)
出版社: 和ハーブ協会; 第一版 (2017/8/26)、出典:出版社HP