国際交流のための現代プロトコール




はしがき

本書で扱う「プロトコール(protocol)」とは、外交・国際交流で必要となる手続き事項や、公式行事を執り行う際に必要な儀礼作法のことを言います。外国の国王/女王や大統領のような国家元首級の公式訪問の際はもとより、さまざまなレベルでの外国からの大切なお客様を正式にもてなす方法が、その主要な部分です。外交関係者だけでなく、国際的な文化・スポーツ交流の式典、歓送迎会など、公的な行事を執り行う主催者側が、まずは承知しておきたい知識と言えるでしょう。

そうした接遇の場を提供するホテルや空港関係者にとっても大切な心得と言えます。プロトコールは、日本では1980年代に「国際儀礼」という日本語訳で紹介されて以来、一般には、西欧起源の個人間の礼儀作法であるエチケットと対になって、上質の国際ビジネスマナーの総体のようにも考えられています。

このようなプロトコールに関する大学講義用のテキストとして本書は着手されましたが、その後、現代に相応しい実践的かつ本格的なプロトコール書が広く社会一般で必要とされていることを考慮して、当初の構想以上に幅広い内容を扱った一冊となりました。

本書の特徴の一つは、プロトコールの全体像を示し、それぞれの意味を説明していることです。プロトコールでは序列/席次や敬称の使い方などが重視され、その点、瑣末な事柄にこだわる難しいことのように感じられるかもしれません。

しかし、それぞれの意味に理解を深めると、また違って見えてくるのではないかと思います。実際、歴史的に見ても、大きな仕事を成し遂げた一流の外交官・政治家は、決してプロトコールをおざなりにはしていません。外交・国際交流のおもてなしの作法は、外交における経験法則の蓄積でもあります。もっと見直されても良いのではないかと考えました。

本書を通じて、表面的なノウハウを超えたプロトコールのより本質的、歴史的な重要性を実感していただければ嬉しく思います。外交や国際関係を研究する方々にも活用していただければ、手元にある情報を別の角度から深く読み解くヒントが得られるかもしれません。

本書の第1~7章では、現在、実際に適用されている狭義の意味でのプロトコール(外交慣例や儀礼様式)をテーマ別に体系的に紹介するとともに、近年ますます重要になっている異文化コミュニケーションのための最前線の情報にも言及しています。あらゆる分野でグローバルなビジネス活動が日常的になっている今日、交渉事を成功させるための基礎となるのが日頃からのお付き合いを通じての信頼関係の構築です。

異文化間の交流であれば、その重要性はさらに大きいでしょう。社交行事は、その関係を一段と深める有効な手段です。第8、9章では、具体的、実践的な側面に焦点を当てて、大切な客人を招いての宴会・パーティの段取りやその際に配慮したい点を取り上げました。最後の第10章では、近・現代日本における外交とプロトコールの歴史も取り上げています。

明治維新、第二次世界大戦と、近代日本は大きな荒波を乗り越えて今日に至っています。内外の構造的な変化に遭遇する現代は、それらに次ぐ、第3の節目に差し掛かっているとも言えるでしょう。このような時期に、明治以来、国際友好親善において、日本の皇室が象徴的に果たしてきた役割を振り返ることもまた、これからの日本の「国のかたち」を考える上で意味があることと考えました。宮中での国公賓の接遇は、私たち一般市民にとって身近な行事とは言いがたいですが、一流のおもてなしの手本として、そこから学べることは少なくありません。

日本人の礼儀正しさは、近代以前から国際的にも高い評価があります。こうした日本人本来の美質を、国民全体としてさらに磨き上げることができれば、国家としての強みにも繋がるのではないでしょうか。そのような意味で、これからの日本のあり方を真摯に考えるすべての方に、また、海外の方で、自国の文化や礼節について同じような問題意識を持っておられる皆さまにも、本書のテーマに目を向けていただければ嬉しく思います。議論の呼び水になれば幸いです。

2017年9月13日
阿曽村智子

阿曽村 智子 (著)
出版社: 東信堂 (2017/10/15)、出典:出版社HP

本書の使い方と凡例

本書は、プロトコールの全体像に理解を深めたい読者と、実践的に特定の情報をすぐに必要としている読者の両方を想定しています。後者の場合には、目次と索引を手掛かりに必要な項目から読み始めていただいて結構です。そこから関連の章・節を見つけてさらに詳しく調べることも可能です。

引用注については、簡略な書き方に統一しました。例えば、第2章・18ページの(ニコルソン1965:174; Nicolson 1963:179)は、ハロルド・ニコルソン著/斎藤真・深谷満雄訳、『外交』、東京大学出版会、1965年(初版)の174ページとHarold Nicolson, Diplomacy, Oxford University Press,1963の179ページからの引用という意味です。著者名(邦文、欧文それぞれ姓の50音順およびアルファベット順に並べてある)および訳者のフルネーム、書名、出版社、出版年は巻末の文献目録に記してありますので、活用してください。

阿曽村 智子 (著)
出版社: 東信堂 (2017/10/15)、出典:出版社HP

目次

はしがき
本書の使い方と凡例

第1章 プロトコール(Protocol)とは何か?
What is “Protocol”?
第1節 プロトコール(=国際儀礼)の意味と適用範囲
第2節 西欧における「礼節」とその系譜
COLUMN プロトコールに関する読

第2章 序列/席次と上位席
Order of Precedence / Precedence and Place of Honour
第1節 国際規範の確立とその歴史的背景
第2節 国際関係における席次と上位席
1. 席次の原則
2. 上位席の考え方
第3節 席割り(Seating Arrangements)の具体例
COLUMN 席次−その取扱い方−

第3章 国旗と国歌
National Flags and National Anthems
第1節 国旗・国章および国歌
第2節 国旗掲揚に関する基本原則
第3節 複数の国旗を並べる具体的な方法
第4節 個別の国旗およびその他の象徴旗に関する情報
COLUMN 国旗にまつわる非礼

第4章 名称、肩書き、称号と敬称・呼称
Names, Titles, Forms of Address
第1節 国家の名称
第2節 個人の名前と肩書き・敬称
1. 個人の名前とその構成
2. 日常的に使われる敬称・呼称
第3節 国家元首等の称号と敬称・呼称
1. 国家元首等の敬称・呼称の構造
2. 旧英国植民地から独立した国々の場合
3. 英国や英連邦王国とは異なるシステムをもつ君主国の場合
第4節 軍人・聖職者等の位階制、国家の叙勲制度
1. 軍人・聖職者の位階制など
2. 叙勲制度の概要

第5章 外交の言語表現と公式文書の様式
Diplomatic Terms & Expressions and Formalities of Official Letters
第1節 外交・国際交流に用いられる言語
第2節 外交手続きと文書の様式
1. 外交手続きと関連用語
2. 外交書簡のいろいろ
第3節 書簡の体裁と具体例
1. 形式・体裁
2. 心のこもったお礼状/感謝状
第4節 外交・国際交流の英語表現における技術的な問題

第6章 国・公賓訪問と接遇次第
Forms and Procedures of State/Official Visits to Japan
第1節 国・公賓の訪問と公式実務訪問
第2節 公式行事の日程作成と接伴要領
1. 日程作成・事前準備
2. 「接伴要領(マニュアル)」冊子
3. 宮中晩餐 (State Banquet)
第3節 過去の国賓接遇の記録
1. 1975年英国エリザベス女王の初訪日
2. エリザベス女王・フィリップ殿下歓迎宮中晩餐と席割り表
3. 席割り表作成手順の考察
4. 国賓として訪日した歴代米国大統領とその接遇
第4節 外交・国際交流に関する天皇(皇后両)陛下の公的行事
COLUMN 国賓の接遇にまつわる裏話

第7章 公式行事の礼装と社交の服装
Dresses on Formal and Social Occasions
第1節 国家の公式行事と服装の格式〜男子の場合を中心に〜
第2節 婦人の礼装と社交の服装
第3節 民族衣装としての和服
第4節 装いとコミュニケーション

第8章 設宴・パーティの主催
Holding of Banquets/Parties
第1節 パーティの主催:種類と段取り
1. 主なパーティの種類と概要
2. パーティの段取り
3. 招待状および関連の書簡
第2節 レシービングライン(receiving line)と挨拶
第3節 席割り(Seating Arrangements)の手順
1. 席割りの基本原則
2. 席割り様式のいろいろと席割り作成法
3. 西欧式以外の席割り
COLUMN 「習慣に無知」が招いたもの

第9章 パーティの料理と飲み物、乾杯、スピーチと会話 着席式の宴会/パーティを中心に
Cuisine & Drinks, Toast & Speech, Conversation in the Dining Room-Sitting Dinners and other Parties
第1節 フランス料理での接遇
1. フランス料理のメニューと食材
2. フランス料理に合わせる飲み物
3. メニューカード
4. テーブルセッティングと給仕の作法
第2節 和食による接遇
第3節 乾杯とスピーチ
第4節 食事中の会話
第5節 招客の立場での配慮事項
COLUMN 宮中における西洋料理事始め

第10章 近・現代日本の外交とプロトコール―歴史的展望
Protocol in Mordern and Contemporary Japan Diplomacy
-A Historical Overview
第1節 近代日本における西欧的礼儀作法の受容と変容
1. 幕末・明治初期の外交の門出
2. 洋装の普及と宮中の服装規程
3. 西欧式作法の導入と受容
第2節 戦後日本のプロトコールに見る「国のかたち」
1. 1970年代の皇室の国際親善活動
2. 昭和から平成へ
第3節 現代プロトコールの課題と展望
1. 民主化に伴う変化
2. 「文明の衝突」論とプロトコール:イランのロウハニ大統領イタリア訪問
3. 謁見の作法をめぐる問題〜西欧と東アジアの遭遇
4. 儀礼作法の多様性と人類共通の価値
COLUMN 「贈り物」の誤訳

資料
No.1 国際連合加盟国(アルファベット順)
No.2 米国の席次
No.3 天皇皇后両陛下および皇族方の敬称・呼称とその英訳
No.4 日本の勲章および褒章の英訳名
No.5 英国勲章の種類と略文字
No.6 日本の天皇陛下の信任状(国書雛形)
No.7 英国女王の信任状例(親書型)
No.8 接遇のための賓客情報チェックリスト
No.9 『接伴要領』
No.10 英国エリザベス2世女王歓迎宮中晩餐のスピーチ
No.11 見舞い・不祝儀の電報例
No.12 招待状、宴席案内札の例
No.13 メニューカード例
No.14 パリ駐在日本公使館『外交入門』の目次
No.15 即位の礼 式次第(英語パンフレット)
No.16 サウジアラビアのプロトコール

文献目録
あとがき
事項索引

阿曽村 智子 (著)
出版社: 東信堂 (2017/10/15)、出典:出版社HP