IoTの全てを網羅した決定版 IoTの教科書
序章 – IoTを学習する意義と第4次産業革命
IoTの本分
IoT(Internet of Things)は、日本語で「もののインターネット」と訳します。狭義の意味で説明すれば、今後はパソコンだけではなく、冷蔵庫や玄関ドアから工場の設備に至るまで、全ての「もの」がインターネットにつながり、通信を行う機能を持つということです。
しかし、そのことだけに焦点を合わせた場合、単に「もの」に通信機能を実装しただけに過ぎません。それでは、社会に何も新しい価値を生み出すことはできません。
では、IoTの価値は、どこにあるのでしょうか?
IoTの技術を導入すれば、これまで取得が難しかったさまざまなデータを収集することが可能になります。例えば、「家庭内における電気の使用状況」や「利用者の嗜好」、「工場やビニールハウスの温度や湿度、明るさなどの環境」、「トンネルや橋などの巨大構造物の劣化状況」などのデータを自動で定常的に取得することができます。こうして集まったビッグデータを分析し、それに基づいた結果を現場にフィードバックして制御に使う。これにより、社会にさまざまな新しい価値を提供することができるのです。
一方で、ディープラーニングなどの新しい手法の登場により、人工知能がようやく社会で利用できるようになってきました。この「第3次人工知能ブーム」と時期が重なったことで、IoTのビッグデータを人工知能を使って分析にかけられるようになりました。これにより、従来にない新しい製品やサービスが登場するといわれています。
「これまでにない価値」なので予測することは難しいのですが、いくつか例を挙げてみましょう。例えば、自動運転車や、自然災害などの早期予測、あらゆる注文を効率よく自動で製造する「スマート工場」、安心して食べられる無農薬野菜を大量生産する「スマート農場」などです。
これらの例から分かる通り、IoTや人工知能、ロボットは単なる技術の進化ではなく、人間の生活そのものを変えるものといえます。加えて、ビジネスへの影響が非常に大きく、企業間のパワーバランスや業界の枠組みなどの常識を短期間で根底から変えてしまう可能性があります。そのため、IoTをはじめとする、これから起こるであろう時代の変化を「第4次産業革命」と呼んでいます。
つまり、IoTはこれから起こるであろう「データという資源」を中心とした新しい時代の入り口であり、起爆剤なのです。
社会に新たな価値を提供し、新しいビジネスチャンスをもたらすことこそがIoTやIoTに関わる人たちの使命といえるでしょう。
第4次産業革命とIoT検定の誕生
筆者がIoTに興味を持ったきっかけは、海外のソフトウエア技術者が「Arduino」という制御装置に夢中になっていることを知ったことです。一昔前まで、「Google」や「Facebook」のようなインターネットサービスのベンチャービジネスを考えていた人々がArduinoを使ったドローン(無人小型飛行体)やロボットといったスマート製品を作り始めたのです。このとき筆者は、世界が変わろうとしていると直感しました。
ソフトウエアのエンジニアだった筆者は、ハードウエアや人工知能などを全くと言ってよいほど知りませんでした。しかし、IoTの分野に飛び込むために、一から勉強しました。そして、IoTのコンサルティングサービスを始めたのです。
幸いなことに、事業を開始してすぐに、さまざまな企業から声が掛かりました。そして今日まで、たくさんの企業にIoTを導入する手伝いをしてきました。そこで感じたことは、どの業界もIoTに対して、これまでにない大きな期待と希望を寄せているということです。
その一方で課題もあります。どの企業にも、IoTプロジェクトを企画し、推進する人材がいないのです。そのため、なかなか思うようにIoT化を進められないという現実があります。筆者のようなIoTアドバイザーはいても、実際にIoT化を遂行するために必要な人材は不足しています。
人材が不足している原因の1つに、ITやハードウエアの分野と、IoTという新しい分野とでは求められる知識の範囲が全く違うということがあります。このままでは日本は第4次産業革命という、世界規模で実施される国際競争から取り残されると筆者は感じました。そこで、IoTの教育を行うとともに検定制度を立ち上げることを決意しました。その検定制度がIoT検定です。
IoT検定の目的は、試験に合格することではありません。日本の企業にいる人材を、第4次産業革命に立ち向かえる人材にすることです。試験勉強というプロセスを通してIoT人材を育て上げることが真の目的なのです。
幸運なことに、この趣旨に賛同してくれた検定制度委員会の中島洋委員長をはじめ、優れた実績を持った委員の方々、そして村上憲郎チェアマンを筆頭とする素晴らしいアドバイザーの方々に支えられてIoT検定を立ち上げることができました。
IoT検定の内容と試験範囲
検定の内容について紹介すると、IoT検定レベル1の試験は、プロフェッショナル・コーディネーター(必要最低限の知識を持ち、プロジェクトの一員として参加可能な人)を認定するために策定されました。
「認定」という言葉を使っていることには理由があります。単に点数に一定基準を設けて合格かどうかを判定しているのではありません。この試験は、IoTのコーディネーターという人材にふさわしいかどうかを「認定」する試験なのです。
つまり、この試験に合格した人は、IoTのコーディネーターを名乗るにふさわしい人物であるとIoT検定制度委員会が認めたということになります。従って、単に知識を問うだけではなく、プロジェクトを進めるに当たって注意すべき点や、さまざまな選択肢を適切に選べるかどうかという問題も含まれます。
さらに、IoT検定は、エンジニアだけを対象とする試験ではありません。企画担当者や営業担当者、マーケティングの担当者、そして経営者など多岐に渡る部門の人が対象となります。
IoTを活用するときに必要な知識の範囲は、非常に広いといえます。本書は、その広い範囲の中から、どのようなIoTプロジェクトでも必要になる知識を網羅し、かつ分野別にまとめました。それが次に示す8分野です。
[1] 戦略とマネジメント
[2] 産業システム
[3] 法律
[4] ネットワーク
[5] デバイス
[6] プラットフォーム
[7] データ分析
[8] セキュリティー
(試験範囲の詳細は公式ページhttp://www.iotcert.org/を参照)
IoTには従来のITシステムと比べて大きく違う点があります。それは、それぞれの企業の業務に、幅広い分野で深く影響することです。
例えば、工場にセンサーを設置し、人工知能による業務効率化を目指す場合、その工場に関わる人々全員にプロジェクトへ参加してもらい、IoTの価値と考えられるリスク、そして改善方針を共有する必要があります。そのため、エンジニアではなくても、最低限持ち合わせておくべき知識が、IoT検定レベル1であるといえます。
もちろん、これからのエンジニアやデータサイエンティスト、経営者にとっては必須の知識です(なお、この知識を持たない経営者は、今後企業を経営することが難しくなると筆者は考えています)。
なぜ8分野について学習する必要があるのか
続いて、8分野の知識が必要な理由について説明しましょう。
[1] 戦略とマネジメント[2] 産業システム
IoTは、自社の製品に技術を組み込んだり、生産プロセスに導入して効率化を実現したりするなど、売り上げや利益に直結する問題と非常に密接に関わります。
従って、IoTのプロジェクトを遂行する際には、基本的なマーケティングの知識などが含まれる[1]戦略とマネジメントに関する知識が必要になります。加えて、IoTや人工知能の登場により、マーケティングや産業システムの分野でマス・カスタマイゼーションなどの新しい考え方が生まれています。こうした産業システムやネットワークの標準仕様などに関する[2]産業システムについても必須の知識といえます。
IoTの場合、サイバー空間だけではなく、デバイスを設置する/電波を飛ばすなど、現実世界にも影響を与えます。そのため、関連するさまざまな[3]法律に関する知識がないままIOTプロジェクトを推進した場合、法令違反を犯してしまう危険性があります。そのようなことになれば、企業や社会に大きな迷惑を掛けることになります。具体的には、電波に関する法律や製造に関する法律が該当します。
[4] ネットワーク[5] デバイス
これからのハードウエアには、他社製品を含むさまざまな製品と連携するためのネットワーク通信や、インターネット経由でのセキュリティーアップデート、ユーザーの好みに合わせた機能の追加などの機能を実現するオペレーティングシステム(OS)が搭載されるようになります。既に、ハードディスクレコーダーや自動車にはOSが搭載されたコンピューターが組み込まれています。そのため、IoTの分野では、センサーや制御装置などに関する基本的知識を問う[4]ネットワークと[5]デバイスの両方の知識が必要になります。
[6] プラットフォームIoTでは膨大なデータ(ビッグデータ)を収集し、効率よく保存管理や取り出しを行うことが求められます。また、人工知能によるデータ分析を行う場合、非常に計算量が多く、通常の処理では分析が完了するまでに時間がかかります。そのため、一般にデータの分析はクラウドシステム上に構築したIoTプラットフォームで行い、分散処理技術を使って複数台のコンピューターで並列処理を行う必要があります。こうした仕組みの概要を理解しておくために[6]プラットフォームの知識が必要になります。
[7] データ分析今後、IoTの技術により収集したビッグデータを分析するに当たり、人工知能を活用することは必須です。なぜなら、人工知能をデータ分析に使うことで、人間が行うルールベースの分析に比べ、より多くの事象や時の変化を踏まえた、これまでにない緻密な分析と判断が可能になるからです。これにより、製造プロセスの効率化や、データに基づく品質管理、サービスの自動化などさまざまな新しい価値を生み出すことができます。経営の観点からも人工知能の活用が期待されています。経営判断を行うに当たって必要なデータを人工知能で分析することで、より緻密な予測や判断情報の収集を行うことができます。今後、マーケティングを行うにはデータサイエンスの知識が必須になります。従ってこれからは、人工知能とIoTを連携させた技術をビジネスに取り入れることができる企業とできない企業とで、大きな差がつくことになります。こうした理由から、人工知能を中心とした[7]データ分析の知識が必要になります。
[8] セキュリティーIoTの最大の課題である[8]セキュリティーの知識も非常に重要です。IoTでは、これまでのサイバー空間のセキュリティーに加えて、現実世界における攻撃にも備えなければならないからです。物理的に攻撃を仕掛けられたり、電磁波などで誤動作を起こされたりする危険性がIoTでは懸念されています。
IoTの価値
ここまで、なぜ広い8分野に関する知識が必要なのかを説明してきました。歴史を振り返ると、「第3次産業革命」においてコンピューターとインターネットという新しい技術が登場しました。その時のことを思い出してみてください。今でこそパソコンやインターネット、電子メールなどの基本的知識は一般常識となっています。しかし、まだ一般には普及していなかった1980年代から1990年代にかけてコンピューターを勉強することは大変なことでした。本当の意味でコンピューターの価値を理解していた人はほとんどいなかったのではないでしょうか。その中で、コンピューターという新しい技術に挑戦し、成功していった企業が、今日の米Microsoft社や米Apple社、米Google社、米Facebook社、米Amazon社といったグローバル企業なのです。
そして、時代は第4次産業革命に突入しようとしています。技術者やIT企業だけではなく、あらゆる業界や各国の政府が、IoTや人工知能、ロボットを最重要テーマとしています。多くの人々が第4次産業革命が間違いなく起こるという共通認識を持っているのです。
この第4次産業革命を起こすきっかけになる技術こそ、IoTなのです。IoTの力を借りて、世の中に想像もしなかった新たな価値を提供する技術が、人工知能とロボットということになります。
IoTの知識を学び、ビジネスに応用することは簡単なことではありません。しかし、本書を手に取ってくれた人には次の言葉を贈ろうと思います。「険しい山の向こうには、輝く新世界が広がっている」―。IoTに関して世界の先頭に立って存在感を示すか、出遅れて時代に取り残されるか、それは取り組む人の情熱にかかっていると思います。本書が、その険しい山を登る一助になれば、こんなに嬉しいことはありません。
監修・執筆
伊本貴士
目次 – contents
序章
第1章 戦略とマネジメント
1.1 戦略・企画
IoT
IoTプロジェクトの流れ
ウエアラブルコンピューター
ファイブフォース分析(5つの競争要因)
バリュー・チェーン(価値連鎖)
ブルー・オーシャン戦略
アンゾフの成長マトリックス
プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーション
イノベーションのジレンマ
スマート製品のケイパビリティー
1.2 プロジェクトマネジメント
PMBOK
CMMI
リーン思考(リーン開発)
QC手法
パレート図
テーラリング
リバースエンジニアリング
リファクタリング
1.3 人材育成と企業間連携
スキル標準(ITSS、ETSS、UISS)
企業連携(垂直統合、水平分業、垂直分業)
クラウドファンディング
クラウドソーシング
IoT推進コンソーシアム
第2章 産業システム
2.1 エネルギー関連のIoT
エネルギー関連のIoT
スマートハウス、HEMS、HAN
スマートメーターとスマートグリッド
スマートシティーとマイクログリッド
2.2 身近なIoT
スマートホーム
医療情報とヘルスケア
コネクテッドカー、自動運転、テレマティクス
農業のIoT
2.3 産業界のIoT
インダストリー4.0
インダストリアル・インターネット
スマートコンストラクション
2.4 海外におけるIoTプロジェクト
主な海外プロジェクトの一覧
インダストリー4.0
インダストリアル・インターネット
2.5 IoT関係の標準規格
AllJoyn
HomeKit
Thread
機器に関する安全規格
情報セキュリティーマネジメントに関する規格
第3章 法律
3.1 通信関連の法律
電波法
電気通信事業法
国内における無線モジュールに関する認可
海外における無線モジュールに関する認可
3.2 製造および航空法に関する法律
製造物責任法(PL法)
モジュール(ソフトウエア)に関する製造物責任
ドローン規制法(改正航空法)
3.3 ライセンス
オープンソースソフトウエアライセンス
オープンソースハードウエア
オープンデータ
第4章 ネットワーク
4.1 データ送信プロトコル
HTTP
MQTT
AMQP
CoAP
WebSocket
4.2 WANおよびLAN
IoTにおけるネットワーク設計
Wi-Fi
携帯電話の通信規格(3G、LTE)
4G
5G
衛星インターネットアクセス
エッジコンピューティング
フォグコンピューティング
LAN内通信機器(ルーター・ゲートウエイなど)
LPWA
LoRa
SIGFOX
Wi-SUN
MAN
4.3 PAN
PAN
Bluetooth
Bluetooth Low Energy
ZigBee
NFCとFeliCa
6LoWPAN
ワイヤレスセンサーネットワーク(WSN)
近距離無線通信による位置検出
第5章 デバイス
5.1 制御装置
制御装置
SBC(シングルボードコンピューター)
Arduino(アルドゥイーノ)
Raspberry Pi
5.2 マイクロコントローラー
マイクロコントローラー
8051(MCS-51)
AVR
MSP430
5.3 入出力
GPIO
UART
SPI
I2-C
1-WIRE
5.4 IoTデバイスを動かすための仕組み
デバイスの概要
電圧とロジックレベル
正論理と負論理
LEDを点灯する電子回路
抵抗の系列とカラーコード
ダイオード、LED、太陽電池
トランジスター(Transistor)
スイッチ入力とチャタリング
コンデンサー
電圧の入力
5.5 アクチュエーター
アクチュエーター
DCモーター
サーボモーター
ステッピングモーター
ACモーター
DCブラシレスモーター
振動モーター
ソレノイド
5.6 電源と実装技術・製造技術
電源
電池
無線給電
ブレッドボード
プリント基板
MEMS
5.7 アナログ信号のセンサー
電圧などを出力するセンサー
温度センサー
湿度センサー
圧力センサー
光センサー
地磁気センサー
音センサー
超音波センサー
赤外線センサー
接触センサー
イオンセンサーとバイオセンサー
5.8 デジタル処理のセンサー
デジタル処理センター
加速度センサー
ジャイロセンサー
画像センサー
距離センサー
ミリ波レーダー
レーザースキャナー (LiDAR)
GPS
タッチパネル
生体センサー
5.9 スマートフォン
ビーコン(BLEビーコン)
iBeacon
スマートフォンの識別子
HomeKit
第6章 プラットフォーム
6.1 クラウド
クラウドコンピューティング
クラウドの種類
パブリッククラウドとプライベートクラウド
クラウドコンピューティングプロジェクト
6.2 分散処理
分散処理
Apache Hadoop
Apache Spark
Apache Storm
6.3 データ処理
RESTフレームワーク
JSON
Python
Node.js
第7章 データ分析
7.1 データベース
従来のデータベース
NoSQLデータベースの登場
NoSQLデータベースの特徴
キーバリュー型データベース
ドキュメント指向型データペース
グラフデータベース
7.2 機械学習
人工知能
機械学習
教師あり学習
教師なし学習
強化学習
クラスタリング(クラスター分析)
回帰分析
インパリアント分析
サポートベクトルマシン
決定木
遺伝的アルゴリズム
ベイズ分析
ベイジアンネットワーク
ニューラルネットワーク
ディープラーニング(深層学習)
チートシート
第8章 セキュリティー
8.1 暗号化
情報セキュリティーの3大要素
暗号の基本
共通鍵暗号方式
共有鍵暗号方式の特徴
AES
公開鍵暗号方式
RSA
ECC(楕円曲線暗号)
TLS
SSH
VPN
8.2 攻撃対策
DoS/DDoS攻撃
SQLインジェクション攻撃
サイドチャネル攻撃
マルウエア
踏み台
8.3 認証技術
アクセス制御
パスワード認証
BASIC認証とDIGEST認証
トークン
二要素認証
生体認証
リスクベース認証
8.4 監視・運用
IPv6
SNMP
ファイアウオール
侵入検知システム
改ざん検知システム
セキュアOS
NTP
総合ログ管理ツール
情報セキュリティーポリシー
おわりに