企業法とコンプライアンス 第3版




はじめに

相次ぐ企業の事件、事故等の不祥事のたびに出てくるのがコンプライアンスという言葉。そ れは、通常「法令遵守」にそのまま置き換えられる。経営者の謝罪会見での言葉も、決まって「法令遵守が不十分だった。今後は法令遵守を徹底して再発防止に努めたい」というものだ。「法令遵守の徹底」が企業不祥事防止の特効薬のようにみなされ、社内外で法令遵守研修が開かれ、コンプライアンス担当者が「法令規則違反」に目を光らせる。社内にはヘルプラインが設置されて「法令規則違反」の密告が奨励される。そのため、コンプライアンス違反に問われることを恐れる社員は萎縮し、社内には事なかれ主義が蔓延し、閉塞感が漂う。しかし、いくら「法令遵守」を徹底しても企業不祥事は後を絶たない。「果たしてこれで良いのだろうか」「コンプライアンスは本当に企業にプラスになっているのだろうか」と疑問に思う人も多いが、なかなか公然とは口にできない。

このような状況の中で、私は、2005年7月、『コンプライアンス革命』と題する著書を公刊し、「法令遵守」から脱却して「社会的要請への適応」としてのコンプライアンスに転換していくことを訴え、事実の解明、原因究明と是正措置、背景にある構造的問題への取組みを中心とする「フルセット・コンプライアンス」を提唱した。その考え方は少しずつではあるが企業社会に浸透しつつあるように思える。

「法令遵守」を否定することは決して「法令」を軽視することではない。企業が「社会的要請」を把握し、コンプライアンス方針を明確化するためには、法の趣旨・目的と社会の価値観との関係を正しく認識する必要があり、そのためには、企業活動に関する法を体系的に理解すことが不可欠である。

本書は、このような考え方をベースとするコンプライアンスの基本書・実務書として、大部分を私が書き下ろしたものである。

まず、コンプライアンスの前提として、憲法・民法・刑法の基本法、そして企業にとって重要な法律ないし法分野として、会社法、独占禁止法、金融商品取引法、知的財産法、労働法の5つを取り上げ、「企業法としての体系」を重視しつつ、趣旨・目的との関係を中心に解説することに主眼を置いた。そして、フルセット・コンプライアンスの具体的手法を解説し、その中でとりわけ重要となる「事実調査」と「コンプライアンス環境問題の把握と対応」の基本的な手法について詳述した。

本書は、「コンプライアンス経営の推進者・主体者として日々の業務課題の解決に取り組み、具体的な事例について解決手段や対応策を意思決定できる人材」、さらには「コンプライアンス経営の根幹となる高度な法律知識と実践的な価値判断基準を有する人材」を養成することを目標としている。サーティファイのコンプライアンス検定委員会が主催する「ビジネスコンプライアンス検定 上級」は、本書の内容の理解と応用を試すもので、本書は、同検定試験の公式テキストともなっている。なお、第3版では、最新のコンプライアンスの基本論(環境変化への適応としてのコンプライアンス)を第5章に追加した。

本書がコンプライアンスに関する社内教育やビジネスコンプライアンス検定の公式テキストとして活用されることを通して、「社会的要請への適応」をめざすコンプライアンスの浸透に資するものとなることを期待している。

郷原 信郎

上記「ビジネスコンプライアンス検定」に関しては、下記のHPに詳細が紹介されている。
◆サーティファイのホームページ: https://www.sikaku.gr.jp/co/

郷原 信郎 (著)
出版社: 東洋経済新報社; 第3版 (2017/10/13)、出典:出版社HP

企業法とコンプライアンス 第3版――目次

はじめに

【序章】
第1節 コンプライアンスと法令遵守、企業の社会的責任(CSR)、内部統制
1. コンプライアンスとは何か
(1) コンプライアンスという言葉をどう理解するか
(2) CSR論との関係
(3) 企業の社会貢献(メセナ)との関係
2. 司法との関係
3. 社会的要請と法令との関係
4. 司法と違法行為の実態に関する日米の違い
(1) 日米の司法制度の違い
(2) 違法行為の実態の違い
5. 日本の経済社会の現状に適合したコンプライアンスの在り方
第2節 コンプライアンスによる問題解決の前提
1. 法令についての基本的・体系的理解
2. 事実関係の調査・分析能力
3. 内部統制論の知識・理解
4. 公益通報者保護法への対応

【第1章】企業法の基本的・体系的理解
第1節 企業と憲法・民法・刑法
1. 企業と憲法
2. 企業法としての民法
(1) 民法の基本原則
(2) 企業活動と民法
3. 企業法としての刑法
(1) 刑法の基本原則
(2) 企業活動に関する刑法の適用の特殊性
(3) 刑法の基本原則と企業犯罪
(4) 法人処罰
第2節 企業法の体系
1. 企業法の重要5法の法体系全体における位置づけ
(1) 会社法
(2) 金融商品取引法
(3) 独占禁止法
(4) 労働法
(5) 知的財産法
2. 企業法の重要5法の相互関係
(1) 会社法と金融商品取引法
(2) 会社法と労働法
(3) 独占禁止法と金融商品取引法
(4) 独占禁止法と知的財産法
(5) 独占禁止法と労働法
(6) 知的財産法と労働法

【第2章】 企業法として重要な5つの法
第1節 会社法
1.総論
(1) 会社とは何か
(2) 会社法について
(3) 会社の種類
(4) 株式会社の特色
2. 会社の設立
(1) 会社の設立の意義
(2) 会社の設立の種類
(3) 会社の設立の手続
(4) 引受担保責任と払込担保責任の撤廃
(5) 定款
(6) 出資に関する規制
3. 会社の機関
(1) 総論
(2) 会社法下での会社の機関
(3) 株主と株主総会
(4) 執行機関
(5) 監査監督機関
4. 資金調達
(1) 会社の資金調達方法
(2) 株式
(3) 株式の発行
(4) 自己株式の取得と処分
(5) 自己株式の消却
(6) 単独株主権、少数株主権
(7) 単元株、株券不発行の原則
(8) 新株予約権
(9) 社債、新株予約権付社債
5. 会社の計算
(1) 「会社の計算」の必要性
(2) 資本金
(3) 剰余金分配にかかる統一的な財源規制
(4) 剰余金の分配方法
(5) 分配可能額を超えて剰余金配当を行った取締役等の責任
(6) 計算書類の作成、承認
第2節 独占禁止法
1. 独占禁止法の基礎的概念
(1) 目的規定
(2) 競争の概念の相対性と多様性
2. 独禁法違反の概要
(1) 不当な取引制限
(2) 私的独占
(3) 事業者団体の競争制限行為
(4) 不公正な取引方法
3. 企業結合規制
(1) 実体面
(2) 手続面
(3) 公取委ガイドライン
4. 独禁法の制裁・措置の概要
(1) 排除措置
(2) 課徴金
(3) 刑事罰
(4) 行政調査権限と犯則調査権限
第3節 金融商品取引法
1. 旧証券取引法から金融商品取引法へ
2. 金融商品取引法の基礎的概念
(1) 目的規定
(2) 金商法の「有価証券」
(3) 有価証券の取引の特徴
(4) 金商法による規制の概要
3. 不公正取引の禁止
(1) 不正取引行為の禁止の包括規定
(2) 風説の流布の禁止
(3) インサイダー取引の禁止
(4) 相場操縦の禁止
4. 違反行為に対する制裁
(1) 刑事罰
(2) 課徴金
第4節 知的財産法
1. 知的財産法の概要および知的財産法と企業との関わり
2. 特許法
(1) 知財戦略の重要性
(2) 組織
(3) 職務発明規定
(4) 情報の記録と管理
(5) 知財戦略の展開
(6) 発生した問題の解決手法
3. 商標法
(1) 商標法の保護対象
(2) 商標保護の展開
4. 不正競争防止法
5. 発生し得る問題
(1) 他社の保有する知的財産権の侵害
(2) 自己の保有する知的財産権の濫用
(3) 誤認惹起行為等
6. 知的財産権をめぐるコンプライアンス違反の予防策
(1) 意識づけ
(2) 仕組み
(3) 体制
7. 独占禁止法と特許との関係
第5節 労働法
1. 労働条件の決定の枠組み
(1) 労働契約・就業規則・労働協約の関係
(2) 労働基準法などの強行法規
(3) 労働契約法
(4) 労働条件の決定の二つの構造と経済社会の変化
2. 労働者の採用に関連する問題
(1) 採用
(2) 労働契約の期間
(3) 平等原則
(4) 非典型雇用における問題
3. 労働者の団結権に関連する問題
(1) 労働組合
(2) 団体交渉
(3) 労働協約
(4) 争議行為
(5) 不当労働行為
4. 労働条件
(1) 賃金
(2) 労働時間
(3) 休憩・休日・時間外労働
(4) 休暇・休業・休職
(5) 女性・年少者
(6) 安全衛生・労災補償
5. 労働関係をめぐる様々な問題
(1) 労働契約の変更
(2) 服務規律違反による懲戒
6. 労働契約の終了
(1) 解雇
(2) 辞職
(3) 定年制
7. 労働契約の終了時の問題
(1) 競業避止義務
(2) 秘密保持義務
8. 労働紛争の処理
(1) 労働紛争処理制度
(2) 労働審判

【第3章】 コンプライアンスの基本的手法
第1節 フルセット・コンプライアンスの5要素と相互関係
1. フルセット・コンプライアンスの5要素
(1) 方針の明確化
(2) 組織の構築
(3) 予防的コンプライアンス
(4) 治療的コンプライアンス
(5) 環境整備コンプライアンス
2. フルセット・コンプライアンスの各要素の相互関係
第2節 コンプライアンス問題に関する事実解明と分析
1. 犯罪・違法行為の事実解明
(1) 自主的調査と当局の調査・捜査への協力
(2) 自主的調査の態勢
(3) 自主的調査の基本方針とその手法
2. 「コンプライアンス環境問題」の把握と対応
(1) 問題の把握
(2) 問題への対応
第3節 内部統制の法制化への対応
1. 内部統制の法制化に至る経緯
2. コンプライアンスを目的とした内部統制
(1) COSOフレームワーク
(2) COSOの構成要素①統制環境
(3) COSOの構成要素②リスクの評価
(4) COSOの構成要素③統制活動
(5) COSOの構成要素④情報と伝達
(6) COSOの構成要素⑤監視活動
第4節 個人情報保護法
(1) 個人情報保護法の制定の背景
(2) 個人情報保護法の目的
(3) 個人情報保護法の特徴
(4) 個人情報保護法の基礎的概念
(5) 個人情報の取得・利用に際してのルール
(6) 個人データに関するルール
(7) 保有個人データに関するルール
(8) まとめ
第5節 公益通報者保護法
(1) 公益通報者保護法の概要
(2) 公益通報者保護法の特徴

郷原 信郎 (著)
出版社: 東洋経済新報社; 第3版 (2017/10/13)、出典:出版社HP