はじめての著作権法 (日経文庫)




はじめに

本書をお手に取っていただき、ありがとうございます。

本書は、もともと「月刊コピライト」という著作権業界専門誌で2016年から2017 年にかけて1年間掲載された「ざっくりさくっと著作権」という連載がベースになっています。この連載は、著作権法のことを文字通り「ざっくり」、そして「さくっと」学ぶことを基本コンセプトとした著作権初心者向けのもので、幸い多くの支持を得ることができましたが、見開き2ページの全12回という量的な制約があったため、触れたくても触れることができない内容も色々とありました。本書は、「ざっくりさくっと著作権」のコンセプトを踏襲し、 より内容を充実させた著作権法の超・入門書です。

著作権業界には、(筆者も多少そのケがあると自覚していますが……)著作権マニア、著作権オタクな方が数多くおられますが(筆者的には、弁護士のT・M先生やW大学のT.U 教授、放送局TのH・Hさんといった偉大なる諸先輩方の笑顔が真っ先に頭に浮かびます。 これらが誰のことを指しているのか分かるようになれば、一人前の著作権業界人です)、本書は、こうしたマニアックで玄人な方々を対象とするものではありません。著作権業界に新たに足を踏み入れた方(ようこそ!)、著作権法に初めて興味を持った方、著作権法のことを勉強する必要に迫られた方、そういった著作権法の初学者の方々を対象に、著作権法の基本的な内容を、適宜最新情報等も交えつつ、とにかくできるだけ分かりやすく説明することに徹しています。

本書を通じて著作権法に興味を持っていただくとともに、読了時には著作権法の基本を身 につけていただければと思います。それに留まらず、マニアックな奥の細道に足を踏み入れていただくきっかけにもなれば望外の喜びです。また、既にある程度、著作権法に関する知 識をお持ちの方々にとっても、基本知識のおさらいとして、あるいは、社内研修等を行う際 の参考として、活用していただけるような内容にしたつもりです。

なお、説明に際しては、極力具体例を挙げることを心がけましたが、私の世代や出身地に まつわる例がつい多くなってしまいました。その点は予めご容赦いただければと思います。

さて、「著作権」あるいは「著作権法」という言葉は我々の日常生活でもよく見聞きするようになりました。テレビや新聞、あるいはネットメディア等で著作権に関する事件の報道に接することも少なくありません。そして、最近は、そうした著作権関連事件について、ネット上で、SNS等を通じて様々な議論が行われ、時には「炎上」と呼ばれる事態にまで発展してしまうこともあります。

比較的記憶に新しいところでは、五輪エンブレム、そしてデザイナーの佐野研二郎さんを 巡る「炎上」事件が挙げられますが、筆者は、非常に違和感をもって、そしてある種冷めた 目で一連の報道や炎上騒動を見ていました。とりわけネット上では、五輪エンブレムをはじ め、佐野氏の作品はあれもこれも著作権侵害であるといった論調であったように感じましたが、こうした論調は筆者の感覚とは大きく乖離しています。実際に著作権侵害と評価されるような作品はごく一部に過ぎないと考えていますし、私が議論をした限り、同僚弁護士や研究者といった著作権専門家の意見もほぼ同様です(→131ページ~)。

筆者としては、こうした乖離が生じる背景には、「著作権」が多くの国民にとって身近なキーワードになった一方で、著作権法の基本的な知識はまだまだ浸透していないことがあると考えています。分からないことがあれば書籍で調べたり、恥を忍んで先輩などに教えを請うたりといったことをした時代と異なり、今ではネット上でさくっと検索し、それで分かった気になってしまうというケースが非常に多く、著作権法についても同様です。もちろん、ネット上にも正確で良質な記事が沢山ありますが、良くも悪くも玉石混交であり、残念なが ら不正確な記事も少なくありません(念のため言えば、弁護士等の専門家によるものだから といって正確な記事とは限らないのが実情ですのでご注意ください)。そうした記事を少し 読んだだけで、著作権法のことを知ったつもりになっている人が多く存在しているように感じています。著作権法に限らず、どんな法律でもまずは基本をしっかり押さえることが非常に重要ですが、基本的な知識を欠いたまま、著作権法について、適当にかじっただけで知ったかぶる人が残念ながら少なくないように思えてならないのです。

本書は、このような現状を踏まえ、基本的な知識をしっかり身につけていただけるような 記述を心がけたつもりです。とはいえ、あくまで「ざっくりさくっと」がコンセプトですの で、気楽に読み進めてください。なお、本文中、著作権法の条文番号を載せた部分は、可能であればスマホなどで検索するなどして、実際の条文を眺めていただくとよいと思います。

さて、イントロはこのくらいにして、徐々に中身に入っていきましょう。

2017年2月
池村 脆

池村 聡 (著)
日本経済新聞出版社 (2018/1/16)、出典:出版社HP

[目次]

はじめに

第1章 著作権法の目的 ~なぜ著作権を保護するのか~
著作権とはどんな権利か? /なぜ著作権を保護するのか? /著作権を学ぶ五大ポイント

第2章 著作物って何?
「著作物」は「情報」である /「著作物」の定義 /著作物の4つの要件 /要件1「思想又は感情」を含むこと
COLUMN 動物が創作したコンテンツ、AIが創作したコンテンツ
要件2「創作的」であること /要件3「表現したもの」であること
COLUMN 現代アート、現代音楽は著作物か?
要件4「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」であること/著作物のジャンル 例 /特殊な著作物(編集著作物、データベースの著作物)/具体例で感覚を摑む~著作物性について判断した裁判例~/著作物だと裁判所が判断した表現 /著作物ではないと 裁判所が判断した表現 /まとめ

第3章 著作権を主張できるのは誰か?
大原則 ~創った者が権利を持つ〜 /著作権は創作と同時に自動的に発生する(登録等は必要ない)/「創作行為」をしていない者は著作者にはなれない /著作権は譲渡することができる
COLUMN 著作権の相続?
例外その1 職務著作 /例外その2 映画の著作物

第4章 著作者の”こだわり”守る人格権
著作者人格権は第三者に譲渡できない /著作者人格権は公表権、氏名表示権、同一性保持権の3種類 /「蜘蛛の糸」事件 /「おふくろさん」騒動 /「森のくまさん」騒動
COLUMN 同一性保持権の新たな考え方~改変を認識できれば『改変』に当たらない説~
みなし侵害(著作者の名誉声望を害する利用)/まとめ
COLUMN ゴーストライター事件 (2014年)

第5章 著作財産権①~無断で○○されない権利~
あらゆる利用行為に対して及ぶ権利ではない /権利の束? /何はともあれ「複製権」 /上演権・演奏権、上映権、公衆送信権・公の伝達権、口述権、展示権
COLUMN 音楽教室vs JASRAC ~仁義なき戦い~
COLUMN リーチサイト
まとめ

第6章 著作財産権② ~どこまで似ているとアウト?~
複製権と翻案権の違い /依拠性~たまたま似てしまった場合はOK~
COLUMN 「銀河鉄道999」事件
具体例で実務感覚を摑む /アイディアが共通しているだけでは著作権侵害にはならない /まとめ
COLUMN 五輪エンブレム問題から見る法律と現実のギャップ

第7章 著作隣接権、出版権 ~著作者以外の権利も忘れずに!~
「着メロ」と「着うた」の違い /著作隣接権は全部で4種類 /著作隣接権を保護する理由 /著作隣接権の内容 /実演家の著作隣接権 /レコード製作者の著作隣接権(いわゆる「原 盤権」) /放送・有線放送事業者の著作隣接権 /出版権とは?

第8章 権利制限規定 ~著作物等を無断で○○できる場合~
権利制限規定はとても沢山ある! /最も身近な権利制限規定~私的使用複製~
COLUMN 私的録音録画補償金制度
例外その1:公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器 /例外その 2:コピーガード外し、リッピング /例外その3:違法ダウンロード /例外その4:映画盗撮 /引用 /営利を目的としない上演等 /その他の権利制限規定 /インターネット/デジタル社会に対応するための権利制限規定 /法律と現実のギャップ /複雑怪奇な規定
COLUMN機械学習に優しい日本
フェアユース規定 /[日本版フェアユース規定(権利制限の一般規定)」導入論→平成24年改 正→「柔軟な権利制限規定」導入論→平成30年改正? /私の思い

第9章 国際的な保護
外国の著作物は日本で保護されるのか? その逆はどうなのか? /例外~北朝鮮の著作物等~ /どの国の著作権法が適用されるのか ~ユビキタス侵害~
COLUMN 著作権ムラの人々~権利者利用者~
COLUMN 法律改正の裏側
COLUMN 文化庁著作権課とは?

第10章 保護期間 ~著作権等はいつまで保護される?~
著作物の保護期間 /様々な例外的
COLUMN 著作権の登録制度
映画の著作物
COLUMN 「公表」とは?
外国の著作物、相互主義、保護期間延長問題/その他(戦時加算、旧著作権法) /実演、 レコード等の保護期間 /人格権の保護期間? /トランプショックで保護期間延長問題は どうなる!?

第11章 侵害の効果、対抗策 ~著作権を侵害するとどうなる?~
民事と刑事 /民事上の請求
COLUMN 誰を相手に請求するか……
刑事 /親告罪 /TPPによる一部非親告罪化?
COLUMN パロディ問題…..
名誉回復措置等

第12章 権利処理 ~著作権侵害をしないために~
「権利処理」/自分が著作権者になる(著作権譲渡契約)
著作権者から利用を許諾してもらう(ライセンス) /著作権等管理事業者による集中管理
COLUMN 「歌ってみた」「弾いてみた」……
権利者不明の裁定制度

おわりに
主要参考文献
索引

池村 聡 (著)
日本経済新聞出版社 (2018/1/16)、出典:出版社HP