いま、産業カウンセラーに求められる役割と実践力
はじめに
現在のわが国は,経済のグローバル化などの進展により,長期にわたり景気の低迷がつづき,産業構造の転換を余儀なくされています。加えて,少子高齢化を背景に労働力人口の減少が進むとともに,高齢労働者,非正規労働者・外国人労働者の増加など,労働市場や雇用環境も大きく変化し,働く人びとのライフスタイルや働き方の多様化が顕著になっています。
これらの変化に伴い、企業は、生き残りをかけて事業の統廃合,事業所の閉鎖や海外移転をすすめ,人員削減を含む減量経営に取り組みつつあります。その結果,思いがけず職を失う人たちも多くなるとともに,在籍する働く人たちも過重労働や希薄な人間関係に伴う孤立化,セクハラ・パワハラなどの問題に直面しています。うつ病の多発や,自殺者が年間3万人を超える状態が10年以上続いていることにも無縁ではないでしょう。その影響は本人の家族や関係者にも及んでいます。
このような状況の下で,働く人のメンタルヘルスケアと,組織風土や人間関係の改善という課題が緊急のものとなっています。また,これらの変化する経済・社会的環境の中にあって、働く人一人ひとりが,その適性・能力に応じて,生涯を通したキャリア形成を主体的にできるようにしていくことも喫緊の課題となっています。
本書は、これらの現代的な課題に取り組む産業カウンセラーが,その援助的な役割をどうとらえて実践しているか,また,その実践力をさらに高めるためにどのようなことが大事だと考えているかについて,それぞれの分野の第一人者に執筆いただきました。産業カウンセラーとして活動されている方、それを目指している方、企業や団体でこれらの課題に取り組まれている方の“道しるべ”としてご活用いただければ幸いです。
2012年11月
渡邊忠・河野慶三・安藤一重
目次
はじめに
第I部 ここ10年のわが国の社会経済的変化と産業カウンセリングのこれから
座談会 これからの産業カウンセリングを考える
第Ⅱ部 これからの産業カウンセラーの役割と対応
1 産業保健スタッフとの協働者としてのあり方
はじめに
1. 労働契約法の制定
2. 産業保健活動の現状
3. 職場のメンタルヘルス対策
4. メンタルヘルス対策のための仕組みと産業カウンセラー
2 組織内部資源の産業カウンセラーとして
はじめに
1. 社会的側面から見た問題
2. 組織的側面から見た問題
3. 個人的側面
4. 企業内における産業カウンセラーが今後取り組むべきこと
5. おわりに
3 事業場外資源としての産業カウンセラー
はじめに
1. 職場のメンタルヘルス対策についての行政動向
2. 事業場外資源とされる組織とその概要
3. 企業から事業場外資源事業者への期待
4. 事業場外資源事業者から産業カウンセラーへの期待
5. 産業医や産業保健スタッフからの産業カウンセラーへの期待
6. 個人による事業場外資源としての産業カウンセラー
7. 海外の産業カウンセリングの動向
8. 職場環境・個人・仕事と家庭の接点という3つの方向性
9. 疾病予防管理における3つの介入
10. 組織の健康という概念
11. 研究者 – 実践者モデル
12. 将来への展望
13. 事業場外資源としての産業カウンセラーの課題と将来
4 組織内部資源の相談室のマネージャーとして
はじめに
1. 相談室立ち上げの経緯
2. 相談室の設備等
3. 相談室の運営方針
4. 「守秘義務順守」で不都合は出ないのか?
5. 利用者の数や層を拡げるために
6. 活動範囲の拡大
7. 数年間で現れてきた成果
8. コンサルテーションについて
9. 外部EAPの利用
10. より活動を充実させるために
11. 企業・相談室に求められていること(一般論として)
12. カウンセラーに求められていること
13. 結びに
5 キャリア教育の協力者として
はじめに
1. 「キャリア教育とは何か」を把握する
2. キャリア教育に協力する者に必須の知識と態度
3. 産業カウンセラーに期待されること
6 地域に根ざした勤労者のこころの支援の可能性一東日本大震災における勤労者への支援を通して
はじめに
1. 東日本大震災後の地域のこころの支援一外部EAP機関としての実践活動事例
2. 地域に根ざした勤労者のこころの支援のあり方
3. おわりに
第Ⅲ部 産業カウンセラーの実践力を高めるために
1 スーパーヴィジョンの意義と課題
はじめに
1. スーパーヴィジョン(supervision)
2. スーパーヴィジョンの実際
3. スーパーヴィジョンと教育分析(educational analysis)について
4. スーパーヴィジョンの「契約」について
5. スーパーヴィジョンの実際で留意すること
6. スーパーヴィジョンの終結
2 多文化に柔軟に対応できるカウンセラーとは一グローバル時代におけるカウンセリングのために
はじめに
1. カウンセリングの背景にある自己観
2. キャリアカウンセリングの実践における文化的問題
3. 文化的多様性を考慮したカウンセリングとは
3 産業カウンセラーのファシリテーション能力一職場に「丁寧」なコミュニケーション風土を培うために
1. 今,職場に必要なもの
2. 「丁寧」なコミュニケーションとは
3. 「丁寧」なコミュニケーションを身につけるトレーニング
4. 「丁寧」なコミュニケーションを身につける場一オフサイト・ミーティング
5. ファシリテーター(促進者)が必要
6. ファシリテーターとは
7. ファシリテーターの基本的な姿勢
8. ファシリテーターの技法
9. 産業カウンセラーの出番
4 産業カウンセラーにとっての精神医学的素養一産業カウンセリングと精神医学との間で
はじめに
1. 産業カウンセラーへの苦言と期待
2. 精神科医とは異なる「事例性」重視の視点
3. 産業カウンセラーとリスクマネジメン
4. 産業カウンセラーと復職支援コーディネーター
5. 産業カウンセラーと復職後のフォロー
6. おわり
5 労働法の素養一法と現実の狭間をつなぐもの
はじめに
1. 典型的な問題状況と労働法の役割
2. おわりに
6 産業カウンセラーの倫理
1. 協会の倫理綱領の歴史
2. カウンセリング契約の法的性質
3. 倫理の質を高める統合的実践的臨床
4. おわりに
資料編
1 産業カウンセラーの実態
調査の概要
回答者の属性
取得した資格について
資格取得で培ったスキルの活用と活動内容について
職種が“カウンセラー”である人たちの特徴
結果からの課題と提言(要旨)
2 企業や団体は産業カウンセラーに何を期待しているか
調査の目的
調査の概要
調査の結果および考察
提言
3 カウンセリング導入企業の実践例インタビュー
株式会社 Wave Technology-新しい技術を生み出す社員の団結を大切に
城北信用金庫一活力と想像力あふれた人材で地域繁栄へ
その他の企業へのインタビューから
索引