グリーンセイバー・アドバンス
まえがき
環境問題に関わる日本人の意識には、ここしばらくの間に大きな変化がきざしてきました。この変化には、樹木環境ネットワーク協会をはじめ、環境関連のNGO、NPOの活動が流れを変えている部分があると、高く評価されます。国と民間との協働こそが、自分たちの環境の持続性を保つ原動力だからです。
生物多様性条約が批准され、発効してから、批准した国はそれぞれの「国家戦略」をつくることが義務づけられています。日本でも最初の「生物多様性国家戦略」は1995年に策定されました。しかし、この時は当時の11関係省庁から寄せられた文書がただ束ねられたといういい方をしなければならないようなものでした。それでも、生物多様性について国が持続的な利用を図るという姿勢を明らかにした点は評価されるべきでしょう。5年ごとの見直しが求められ、2002年には「新・生物多様性国家戦略」が編まれました。
新戦略では、省庁再編の結果8省庁に減った関係省庁からの提案は詳細につきあわされ、上手に編集された戦略となりました。数年間で、生物多様性に関わる姿勢が大きく動いたということです。さらに、毎年この戦略を点検するという作業が入っていますが、問題に対する真剣な対応が、国の関連省庁、地方、NPO、NGOなどの民間活動などを総括してすすめられている状況が見えています。この作業にコミットしながら、日本の生物多様性に対する取り組み方の変化に注目を続けます。
前向きの評価をしながら、しかし、日本中を見渡すと、少しぐらいの前向きの変化が本当に危機的な環境問題に救済の手を差しのべることができているのかと、心配な面もないわけではありません。そのような時、グリーンセイバーに集合する意欲の高い人々の行動がしっかりした夢を描かせてくれます。先進国のうちではひときわ遅れている日本人の科学に対する関心が、自分たちの身の回りを見渡すことから、自分で考えるかたちに育っていくことを期待するからです。
ベイシックのテキストを出版したら、それなりの関心を持って受け入れてもらえました。そして、さらに、アドバンスのテキストも、印刷物として、出版する運びになりました。より詳しく学ぶ人たちを核に、学習の環が広がることが、日本人の科学的思考力を高め、環境の問題だけでなく、私たちの生き方、在り方全般にわたって正しい考察がすすめられる基礎をつくり育ててくれます。ベーシックのテキストよりやや進んだ話題が満載される本書が、グリーンセイバーに集う人たちのよいテキストになると同時により広く世間にこの問題を理解していただく情報を提供するという役割も果たしてくれるように期待します。
2004年10月
岩槻 邦男
もくじ
第1章 植物の自然史
1.1 生命と多様性の起源
1.1.1 生命の起源
(1) 生命体としての共通性
(2) 自然発生説の否定
(3) 無機物から有機物へ(化学進化)
1.1.2 生物の多様化
(1) 生物進化
(2) カンブリアの大爆発
(3) 環境の変化と種の盛衰
(4) 現生の生物に残された歴史性
1.1.3 水界から陸界へ
1.2 生物の分類
1.2.1 リンネによる分類
1.2.2 種の記載と命名法
1.2.3 分類体系
1.2.4種
1.3 植物の分布
1.3.1 生物の分布と生物地理
(1) 生物の分布域
(2) 生物地理学
1.3.2 世界の生物地理
(1) 世界の植物地理区
(2) 世界の動物地理区
(3) 第三紀周北極要素
(4) 日華植物区系
1.3.3日本の植物地理
(1) 日本の植物地理区
(2) 襲速紀要素と日本海要素
(3) 石灰岩植生と蛇紋岩植生
(4) 日本および周辺の分布境界線
第2章 日本人の生活と植物
2.1 文学と植物――神話や伝説の中に登場する植物と日本人のかかわり
2.1.1 記紀神話の世界
(1) 古事記
(2) 日本書紀
(3) 五穀の起源説話
(4) 神事に用いられる日陰蔓
(5) 多遅摩毛理と非時香菓(橘)
(6) 変容する椿のイメージ
(7) 古代の重要な繊維である藤
2.1.2 伝説の世界(昔話の世界)
(1) 竹取物語―かぐや姫は親指姫?
(2) 桃太郎
(3) 瓜子姫
(4) 猿蟹合戦
2.2 民間伝承や信仰の中での植物の役割
2.2.1 植物に対する日本人の意識
(1) 松
(2) 竹
(3) 梅
(4) 桜
(5) 桃
2.2.2 民間信仰と植物
(1) 日常的に信仰に用いられる植物
(2) 鬼門除け
(3) 正月の飾り
(4) 盆 花
(5) 特定の神や仏と結びついた植物
2.3 江戸時代の暮らしと植物
2.3.1 江戸という時代
2.3.2 都市の暮らし―――江戸の暮らしから学ぶ
(1) 江戸の人口
(2) 町人の住居
(3) 出商人 (行商人)と屋台
(4) 見事なリサイクルさまざまな修理業と廃品回収業
(5) 江戸の水事情——江戸の上下水道
(6) 都市部の自然
2.3.3 農村の暮らし
(1) 自然の中で暮らす
(2) 自給自足の生活
(3) 入会地
(4) 村の社会秩序の維持
(5) 農耕技術の進歩と特産物の誕生
2.3.4 山村の暮らし
(1) 山林の維持管理
(2) 林業
(3) 木地師とマタギ
(4) 炭焼き
(5) 農業
(6) 牛と馬の飼育
(7) 山の恵み
2.3.5循環型社会の条件
2.4 植物の毒性と薬理効果
2.4.1身近にある危険な植物
2.4.2 危ない植物の科と有毒部位
(1) 有毒植物を多く含んでいる科
(2) 一部の種に毒性が見られる科
(3) 有毒部位
(4) おもな有毒植物
2.4.3 症状別の毒の種類
(1) おもな中毒症状
(2) おもな有毒成分とその特徴
2.4.4 有毒植物による中毒を防ぐために
第3章 野生植物の保護とその技術
3.1 野生の植物と人間生活
3.1.1 ヒトと自然のかかわり
3.1.2 植物と人
3.1.3 植物と人とのつながり
3.2 野生植物と園芸
3.2.1 江戸時代の花卉園芸
(1) 日本独特のもの
(2) 野生株や種子(播種)からの選抜
(3) 一・二年草の欠落
(4) 趣味家によるもの
(5) 藩による門外不出
(6) 職人芸による芸術品
3.2.2 近代における花卉園芸
(1) 西洋花卉の導入
(2) 品種改良
(3) 栽培・観賞の多様化
(4) 生産販売
(5) 日本古来の園芸植物
(6) 山野草ブーム
3.2.3 園芸のあり方
3.3 野生植物の増殖と栽培
3.3.1 野生植物種の収集
(1) 業者からの購入
(2) 同好会からの分譲
(3) 野生地からの採集
3.3.2 野生植物の増殖技術
(1) 種子による増殖
(2) 挿し木繁殖
3.3.3 野生植物の栽培法
(1) 野生植物の自生地環境
(2) 野生植物の生育環境と栽培
第4章 生態系と自然保護
4.1 植生遷移
4.1.1 植生遷移のモデル
4.1.2 一次遷移と二次遷移
4.1.3遷移の実際
(1) 鹿児島県桜島
(2) 小笠原諸島
(3) 明治神宮
4.1.4 森林の更新
4.1.5 里山と鎮守の森
4.2 生物多様性
4.2.1 生物多様性の三つのレベル
(1) 遺伝子レベル
(2) 種レベル
(3) 生態系レベル
4.2.2 多様性の尺度
4.2.3 種数面積曲線
4.2.4 ニッチと適応放散
4.2.5種の絶滅
4.3 人為と生物
4.3.1 外来種の定着
4.3.2 在来種への影響
4.3.3農薬と天敵の導入
(1) 農薬と抵抗性
(2) 天敵の導入
4.3.4遺伝子汚染
4.3.5 都市化と生物相の変化
4.4 自然保護の法律と制度
4.4.1 国内の法律・制度
(1) 環境基本法
(2) 文化財保護法と天然記念物
(3) 自然公園法と国立公園
(4) 自然環境保全法と原生自然環境保全地域
(5) 種の保存法
(6) 鳥獣保護法
(7) レットデータブック
(8) 森林法と森林生態系保護地域
4.4.2 国際的な条約・制度
(1) ワシントン条約
(2) ラムサール条約
(3) 世界遺産条約
(4) 生物多様性条約
日本の侵略的外来生物種ワースト100
参考資料・索引等
おもな有毒植物
おもな外来植物
日本の絶滅危惧植物
参考図書
あとがきにかえて
索引