スポーツ医学検定 公式テキスト




はじめに

東京2020オリンピック・パラリンピックに向け、日本tかが一つになる時が近づいています。社会に大きなインパクトを与え、そして変革をもたらすスポーツ。1993年に開幕したサッカーのJリーグ、2016年に開幕したバスケットボールのBリーグ、2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップ・・。そして、人々に希望や感動を与え、挑戦することの素晴らしさを教えてくれるスポーツ選手。

メジャーリーグのイチロー選手、テニスの錦織圭選手、レスリングの伊調馨選手、プロ野球の大谷翔平選手・・。スポーツがもつ可能性は無限大であり、東京2020オリンピック・パラリンピックがどのようなイノベーションをもたらすのか、大きな期待がかかります。

しかし、スポーツでは時にケガや故障に悩まされ、失望や挫折といった言葉と遭遇することも少なくありません。良い結果が出ない、競技から離脱する、引退を余儀なくされる・・。人生という長い目で見れば、競技ができず、外からスポーツを「見る」ことも一つの「学び」かもしれません。

しかし、防げるケガは防ぎたいものです。また、ケガをしても適切に復帰したいものです。逆にケガを恐れすぎて、適切なトレーニングや練習ができないのも問題です。スポーツ現場で生じるさまざまなケガや故障——野球の投球で肘が痛い、水泳で腰が痛い、バスケットボールで足首を捻挫した、ラグビーで頭をぶつけた、暑い日の練習で気分が悪い・・。

チームにメディカルの専門家がいれば安心ですが、そのような環境で競技できる選手やチームはごくわずかです。また、自己管理が重要だと言われますが、身体やケガのことを学ぶ機会は、はたしてあったでしょうか。

そこで私たちは、専門家が持っているスポーツ医学の知識を、スポーツに関わる皆さんに届けたいと考えました。特にスポーツ指導者や部活の顧問、学生トレーナーやマネージャー、成長期スポーツ選手の保護者、そして何よりスポーツ選手自身に、身体やケガの知識を届けたいと考えています。

高い競技力は単に練習量の多さではなく、安全なスポーツ環境でよく練られた練習と指導のもと生まれます。そして、安全なスポーツ環境は、指通り、自身により作られます。「医学」という言葉に壁を感じる必要はありません。「スポーツ医学」は皆さんにとって、最も「身近な医学」なのです。

「スポーツ医学検定」の理念には医学の専門家のみでなく、室伏広治さん(ハンマー投げ)、谷川真理さん (マラソン)、中竹竜二さん(ラグビー)、成田真由美さん(パラリンピック水泳)など、スポーツと長く携わってきた方々にも賛同して頂きました。2017年5月に始まるこの取り組みが、東京2020オリンピック・パラリンピックのレガシーの一つとなること、より安全な環境でスポーツを楽しめる社会に変革すること、それが私たちの目標です。

スポーツに関わる皆さまが、「スポーツ医学」の扉を開き、生涯を通じてより長く、より深くスポーツと関わっていただけることを願っています。

平成28年12月11日
一般社団法人日本スポーツ医学検定機構代表理事
日本体育協会公認スポーツドクター
整形外科専門医・医学博士
大関信武

一般社団法人日本スポーツ医学検定機構 (著, 編集)
出版社: 東洋館出版社 (2017/2/8)、出典:出版社HP

目次

はじめに
よく使う用語の解説
部位別病名からの目次
全身の骨格・全身の筋肉
コラム:スーパードクターに聞く

A章 スポーツの知識

1 スポーツの基礎知識

B章 身体の知識

1 運動器の基礎知識
2 全身の基礎知識
3骨の知識
3-1上肢の骨
3-2 下肢・骨盤の骨
3-3 頭部・脊椎の骨
4 筋肉の知識
4-1 上肢の筋肉
4-2 下肢の筋肉
4-3体幹の筋肉

C章 スポーツのケガの知識

1 スポーツのケガ総論
2 スポーツ現場での処置
3 頭部
3-1 頭部外傷の総論
3-2 脳振盪
3-3 その他(頭部)
4 顔面
5 脊椎
5-1 頚髄損傷
5-2 腰椎椎間板ヘルニア
5-3腰椎分離症
5-4 その他(腰椎)
5-5 その他(頸椎)
6 肩
6-1 投球障害肩(成長期)
6-2 投球障害肩(成人)
6-3 肩関節脱臼
6-4 その他(肩)
7 肘・手関節・手指
7-1 野球肘(成長期)
7-2 野球肘(成人)
7-3 テニス肘
7-4 その他(肘・手関節・手指)
8 股関節・骨盤
8-1 股関節周辺の痛み
8-2 骨盤裂離骨折
9 膝
9-1 前十字靭帯損傷
9-2 半月板損傷
9-3 後十字靭帯損傷、内側側副靭帯損傷
9-4 ジャンパー膝
9-5 オスグッド病
9-6 その他(膝)
10 下腿・足
10-1 足関節捻挫
10-2 アキレス腱断裂
10-3 シンスプリント
10-4 その他(下腿・足)
11 骨折
12 疲労骨折
13 肉離れ

D章 アスリハの知識

1 アスレティックリハビリテーション総論
2 アスリハの知識
2-1 ストレッチの基礎知識
2-2 腰痛に対するアスリハの基本
2-3 腰痛に対するストレッチ
2-4 腰痛に対する筋力トレーニング
2-5 下肢のケガに対するアスリハ
2-6 膝の靭帯損傷に対するアスリハ
2-7 上肢のケガに対するアスリハ
3 競技別のアスリハの知識
3-1 野球
3-2 バスケットボール
3-3 サッカー
3-4 ラグビーフットボール
3-5 陸上競技
4 テーピング・装具・サポーターの知識
4-1 テーピング総論
4-2 足関節のテーピング
4-3 装具・サポーター

E章 スポーツ医学全般の知識

1 スポーツと栄養
2 女性とスポーツ
3 成長期のスポーツ
4 障がい者とスポーツ
5 中高年者とスポーツ
6 スポーツと全身
7 遠征・大会救護
8 アンチ・ドーピング
コラム:アスリートに聞く

練習問題

3級 練習問題
2級 練習問題
3級 練習問題・解答と解説
2級 練習問題・解答と解説

索引
参考文献
著者紹介

一般社団法人日本スポーツ医学検定機構 (著, 編集)
出版社: 東洋館出版社 (2017/2/8)、出典:出版社HP

よく使う用語の解説

身体やケガの説明では、耳慣れない言葉も多い。ここでは、本書でよく出てくる用語を解説する。

ケガ(スポーツ外傷、スポーツ障害)
一度の外力で受傷するスポーツ外傷と、繰り返す負荷によるスポーツ障害を 合わせて、本書では「ケガ」と表記する。

受傷機転
ケガのきっかけや原因のこと。

可動域(ROM: Range of motion)
関節の動く範囲のこと。可動域訓練(ROM 訓練、ROM エクササイズ) は、関節の可動域を改善させるリハビリテーションのこと。

タイトネス
筋肉の柔軟性が不良となっている状態のこと。一般的には身体が硬いと表現 される。

拘縮
ケガの受傷後やギプス固定後などに、関節の可動域が狭くなること。五十肩 のように、外傷なく拘縮が生じることもある。

コンディション
筋肉や関節、身体の動作、精神面などを含めた全身の状態のこと。コンサー ションを整えることをコンディショニングと呼ぶ。

インピンジメント
身体の組織と組織が衝突すること。肩を挙上した際に肩の筋肉が肩甲骨の骨 と衝突する状態などがある。

徒手検査
関節などを動かして不安定性の有無などを調べる検査。医師や理学療法士ら によって行われる。

単純X線検査(レントゲン検査)
X線(放射線の一種)を用いて行う検査。骨を調べるのに有用。軟骨・筋 肉・靭帯・腱などは写らない。

CT検査
X線を使用して身体の断層を撮影する検査。骨・頭部・内臓の検査に有用。

MRI検査
磁気の力を用いて、靭帯・筋肉・軟骨・頭部・内臓などの断層を調べる検 査。放射線被ばくはない。

超音波検査
超音波を用いて、筋肉・内臓などを調べる検査。肘の軟骨病変も描出でき、 野球肘検診でも使用される。放射線被ばくはない。

保存治療
手術以外の治療を総称して保存治療と呼ぶ。骨折時のギプス固定、薬の内服 や注射、リハビリテーションなどが相当する。

整復
骨折してずれた骨や、脱臼してずれた関節を元の(元に近い)状態に戻すこと。

部位別病名からの目次

上半身

頭部のケガ
脳振盪(P.46)
急性硬膜下血腫(P.47)

顔のケガ
鼻血・鼻骨骨折(.P49)
角膜・結膜・網膜の損傷(P49)
歯の脱落(P.48)

胸部のケガ
肋骨骨折(P.98)

肘―前腕のケガ
野球肘(P.66,68)
テニス肘(P.70)
肘関節脱臼(P.72)
肘頭疲労骨折(P.100)
尺骨疲労骨折

首のケガ
頚髄損傷(P.50)
頚椎捻挫(P.57)
頚椎椎間板ヘルニア(P.57)
バーナー症候群(P.57)

肩―上腕のケガ
リトルリーガーズ・ ショルダー(P.58)
投球障害肩(P.60)
肩関節脱臼(P.62)
肩鎖関節脱臼(P.64)
腱板損傷(P.65)
鎖骨骨折(P.99)
上腕骨骨折(P.99)

手首と手指のケガ
三角線維軟骨複合体損傷(P.73)
突き指 (P.74)
槌指(P.74)
ラグビージャージフィンガー(P.75)
スキーヤーズサム(P.75)
ボクサー骨折(P.75)
橈骨骨折舟状骨骨折(P.99)

下半身

骨盤や股関節のケガ
グロインペイン症候群(P.76)
股関節唇損傷(P.76)
骨盤裂離骨折 (2.77)

膝のケガ
前十字靭帯損傷(P.78)
半月板損傷(P.80)
後十字靭帯損傷(P.82)
内側側副靭帯損傷(P.82)
ジャンパー膝(P.84)
オスグッド病 (P.86)
膝蓋骨脱臼(P.88)
鵞足炎(P.89)
腸脛靭帯炎(P.89)
膝蓋骨骨折(P.99)

すねのケガ
シンスプリント(P.94)
腿三頭筋肉離れ(P.102)
脛骨疲労骨折(P.101)

腰のケガ
腰椎椎間板ヘルニア(P.52)
腰椎分離症(P.54)
椎間関節性の腰痛(P.56)
仙腸関節性の腰痛(P.56)

太もものケガ
ハムストリング肉離れ(P.102)
大腿四頭筋肉離れ(P.102)
大腿部筋挫傷(P.102)

足首や足部のケガ
足関節捻挫(P.90)
アキレス腱断裂(P.92)
足関節インピンジメント(P.96)
有痛性三角骨(P.96)
有痛性外脛骨(P.96)
リスフラン靭帯損傷(P.97)
足底腱膜炎(P.97)
アキレス腱炎(P.97)
足関節骨折(P.99)
中足骨骨折(P.99)
中足骨疲労骨折(P101)
ジョーンズ骨折(P.101)

一般社団法人日本スポーツ医学検定機構 (著, 編集)
出版社: 東洋館出版社 (2017/2/8)、出典:出版社HP

全身の骨格・全身の筋肉

全身の骨格 正面

全身の骨格 背面

全身の筋肉 正面

全身の筋肉 背面

コラム:スーパードクターに聞く
痛みが出るストーリーを考えて治療する

成長期の投球動作による肩の痛みについて、プロ野球選手の診察も数多く行っている肩のスーパードクター・山崎哲也先生にお話を伺いました。

―成長期の投球動作で生じる肩の痛みの特徴を教えて下さい。
山﨑 成長期には肩より肘を痛いという選手の方が多いですね。肩を痛がる選手の一番の特徴は、トップポジションから加速させるときに肩の側面の痛みを訴えることです。ある一球で痛くなるより、徐々に痛みが出てくることが多いです。

―診察はどのようにされますか。
山崎 成長期の肩の痛みでは、圧痛点(押しての痛み)が明確なことが多く、本人の痛みの部位を正確にとらえることから始めます。その圧痛点が、上腕骨近位の骨端線部に相当することが多いですね。検査は単純レントゲン撮影を両肩に行い、比較します。

―リトルリーガーズショルダー(上腕骨骨端線離開)と診断した場合、どのように治療されますか。
山崎 基本的には痛みの出る動作を中止させることで良くなっていきます。ですので、パッティングで痛みが出ないならそれは許可します。ただ、保護者あるいは指導者の方に一緒にきてもらい、痛みの出る動作をしないようにしっかり守ってもらうことが大切です。

また、こういった慢性的な障害は、何か原因があっ 痛みが出てきます。つまり、痛みの出るストーリーがあります。その原因をつきとめるのがわれわれの仕事で、それに対してリハビリテーションでアプローチをします。どうして痛みがでるストレスが慢性的に加わり続けたのかそれをわれわれが推察し、その「どうして」の部分を治していくのが大切です。

―その治すべき「どうして」とはどういった所にありますか。投球フォームを治しますか。
山﨑 子供の場合、投球フォームを治すのはなかなか難しいですね。大切な点は肩甲骨の機能低下と肩のタイトネス(硬さ)、この二つの改善です。

―それでは、投球数の制限については、どう思われますか。
山﨑 投球数の制限というのは現場目線では難しい点もあります。重要なのは、障害をおこす予備軍の子供たちをいかに指導者が発見できるかということです。肩や肘が痛いと訴える前に、子供たちのサインを見つけられるかです。

そのためには肩甲骨の機能と肩のタイトネス、これをチェックする必要があります。本人、家族、指導者が、痛みが出る前の身体の不具合をチェックするシステムを ることができれば良いと考えます。

―どうも有り難うございました

山崎哲也 横浜南共済病院スポーツ整形外科部長、横浜DeNAベイスターズチームドクター、関東学院大学ラグビー部チームドクター、一般社団法人日本スポーツ医学検定機構顧問

一般社団法人日本スポーツ医学検定機構 (著, 編集)
出版社: 東洋館出版社 (2017/2/8)、出典:出版社HP