日経新聞の数字がわかる本

 

 

はじめに

月曜朝の日経「景気指標欄」を読んでいますか?

本書を手にとってくださったのなら、日本経済新聞(日経新聞)を読んでいる人が多いことと思います。私は講演などで、「月曜日の日経新聞ほど世の中で安いものはない」というお話をよくしますが、けっこう怪訝な顔をされる方も少なくありません。私がそう言うのは、月曜の日経新聞には、「景気指標」という、「宝の山」が載っているからです。

けれども、日経新聞を毎日読んでいるという人の中でも、月曜日の日経新聞に「景気指標欄」があることを知っている人はあまり多くないようです。さらに、この景気指標欄をちゃんと読んでいるという人になると、かなり少ないのではないでしょうか。

実は私は、この日経新聞の景気指標欄を隅から隅まで細かくチェックするという作業を、もう何十年も続けてきました。趣味みたいなものですが、いまではこれが自分の仕事にもたいへん役に立っているのです。

景気指標を継続的に見ていると、それらの数字を通じて日本や世界の経済状況が手に取るように見えるようになります。また、新聞の記事やテレビのニュースも、より「深く」理解することができるようになります。そして、継続的に景気指標を見ていると、記事やニュース間の関連づけも見えるようになります。点と点を結んで線になり、その線を結んで面になって、それがさらに立体になっていくといった感じです。

この数字どうしや記事と関連づけて読むという読み方を長く続けてきたおかげで、私は、経済だけでなく、本職(経営コンサルタント)としての会計の数字の読み方も強くなりました。(数字と現象を見るという点では、経済も会計も同じで、どちらも継続的な訓練でその能力は格段に上がると思っています。私は、経済も会計もほとんど独学ですが、数字をずっと追っていたおかげで、経済分析もある程度専門的にできるようになりましたし、会計も会計大学院の特任教授として教えることもできました。)そういった意味でも、「景気指標」は私を訓練し、私の能力を高めてくれ、また、いまでも私の仕事に大いに役立っている「宝の山」なのです。

日経新聞の景気指標欄は、月曜日朝刊の一六面から二〇面あたりに掲載されています(月曜日が休刊日の場合は翌火曜日に掲載されます)。一面全部のスペースに細かい数字がズラリと並んでいて、左半分が国内の統計。右半分は、上の二段が米国の統計の場合と、米国一段に欧州一段、あるいは米国一段にアジア一段というパターンが三週間のサイクルで繰り返しになっています。

この面には、日本と世界の経済状況を分析するうえで必要なほとんどすべての統計が出ているのですが、残念なことに、日経新聞の読者の大半はちゃんと見ていないようです。実にもったいないことだと思います。

本書の目的は「景気指標」を読み解くだけではありません。それを通じて経済を読み解く力を高めることです。数字から経済や世の中が見えるのです。これは、あたかも企業の財務諸表からその企業が見えるのと同じです。数字が本当に読めるようになれば、経済も企業も生き物のように見えてくるのです。本書は、そのような実力をつけていただくための本なのです。
そのために、本書では、日経の「景気指標欄」にどんな指標が掲載されていて、それぞれの指標が何を意味しているのか、そしてそれがどのように関連しているのかといったことを、できるだけ分かりやすく紹介していきたいと思います。

前半の「基礎トレーニング」編では、指標の定義と最近の経済動向について説明します。ただし、五〇種類以上ある指標を、紙面に並んでいる順番に一つ一つ取り上げていくという説明方法はしていません。それでは、実践的な経済分析とは言えず、平面的で、本当の勉強をしたことにはならないと思っています。(そのような、「平たい」説明では、読者のみなさんもすぐに飽きてしまって、あまり記憶に残らないのではないかと思います。)
そこで本書では、私が本当に重要だと考えている指標を、私がいつも分析しているやり方で、いくつかのテーマごとにひとくくりにして説明しています。その過程で他の指標とも関連させながら、経済が平面ではなく立体的に、また、臨場感を持って分かるように、メリハリをつけて説明していくことにしています。

説明の途中では、指標と関連するキーワードや専門用語をコラム形式で取り上げています。一歩深い知識を身につけることによって、それぞれの指標が、経済のなかでどのような意味を持っているのかを理解していただきたいからです。(逆に言えば、ある程度正確な「定義」などを理解していないと、経済を見誤ることにもなりかねません。)
加えて、景気指標のような数字を読み解くうえでのポイントをいくつか取り上げましたので参考にしてください。拙著『ビジネスマンのための「数字力」養成講座」(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)で詳しく書きましたが、数字というものは、ただ眺めているだけでは、本当の意味が分かりません。数字をきちんと読み解いて、自分の知識を深めるためには、それなりのコツがあるのです。

後半の「実践トレーニング」編では、世界が「一〇〇年に一度」の金融危機に突入し、どん底に落ち込み、回復へ向けて歩み出そうとするプロセスのなかで、実際に私が日経新聞の「景気指標」を見ながら、どの指標の変化に注目して、何を感じ、どう読み解いてきたのか――。それを体感していただきながら、みなさんの数字力』を磨いていただければと思っています。そこでは、二〇〇九年二月から日経BP社のウェブサイト「nikkeiBPnet」に連載している記事をベースにして説明しています。

本書の巻末には、ビジネスマンとして絶対に知っておきたい指標をピックアップし、それぞれの指保が何を意味して、その指示がなぜ重要なのか、そして、その指標はほかの指標とどのように関連しているのかを簡案にまとめました。これらの指標の意味をしっかりと押さえて、毎週の動きに注意を払っていれば、たいていの経済ニュースは無理なく理解できるようになるはずです。(本書を通読する時間がないという人は、まず、これらの指標だけでも頭に入れておいてください。本書を通読していただいた人は、復習として活用していただければ幸いです。)

本書を読みながら、そして読み終わっても、毎週、日経新聞の「景気指標」を読んでさらにレベルアップしていただきたいと思います。「紙一重の積み重ね」によって、皆さんの「経済力」が知らず知らずのうちに格段にレベルアップするのです。

本書作成にあたり、日経BP社の西村裕さんには大変お世話になりました。また、BPnetでの記事もベースになっていますが、寺西芝さん、森脇早絵さんのお二人にも大変お世話になりました。また、マクロ経済のベーシックな言葉の定義の部分に関しては、大学の経済学部で経済を勉強しはじめた私の長男にも手伝ってもらいました。皆さんに心より感謝しています。

小宮 一慶 (著)
出版社: 日経BP; 1版 (2009/8/10)、出典:出版社HP

 

目次

はじめに
月曜の日経「景気指標種」を読んでいますか?

【パート1】 基礎トレーニング編

●テーマ1 GDPを読み解く

国内総生産(GDP)の定義を言えますか?
GDPが伸びないと給料が上がらない
「名目」と「実質」
「前期比年率」のマジック
GDP=民需+政府支出+貿易収支
家計の支出が減ればGDPも減る
企業の投資も深刻な落ち込み
貿易は世界的に縮小している
政府がお金を使うしかない
■「景気指標」を読み解く七つのポイント【その1】指標の「定義」を知る

●テーマ2 企業活動全般を見る

景気は二〇〇九年二月に入れした?
「DI」と「CI」はどう違う?
在庫の減り方にも良し悪しがある

●テーマ3 業種別の動向を押さえる

事業再集で生き残りを目指す半導体業界
鉄は年庫一億トンが損益分岐点
広告扱い高は名目GDPとパラレルで動く
ゼネコンが好調なら景気は落ちはじめている
価格が下がり傾向のときは住宅は売れにくい
不要不急の向品は売れなくなっている
新車販売が四〇〇万台を割り込む可能性も
■「気指標」を読み解く七つのポイント【その2 おもな数字を覚えて「基準」を作る

●テーマ4 雇用を見る

現金給与総額は、日本中の給与のではない
「進切り」から「正社切り」へ

●テーマ5 物価を見る

物価には「消費者物価」と「企業物価」と「輸入物価」がある
消費者物価が上がらないのは企業が上げできないから
再びデフレスパイラル突入の兆し
■「景気指標」を読み解く七つのポイント 【その3】
「定点観測」で「時系列」の変化を見る

●テーマ6 金融の動向を見る

世の中の「お金の証」を担担する
お金を「じゃぶじゃぶ」にして景気を刺激する
もう「公定歩合」は存在しない
不気味に上がりはじめた長期金利
倒産件数が月間一五〇〇社を超えると危ない
国際収支は国の会計算書
■「景気指標」を読み解く七つのポイント【その4】 一つの数字に「関心」を持つ

●テーマ7 市場の動きを押さえる

外国為替には取引所が存在しない
株式市場の勢いは「売買金額」に表れる
「景気指標」を読み解く七つのポイント【その5】 数字と数字を「関連づける」

●テーマ8 超大国アメリカの景気を見る

アメリカ人が買わないと世界が困る
住宅着工」が増えないと気は上向かない
あのアメリカ人が貯金を始めた。
世界が注目している「雇用統計」の発表
ダウ平均の構成銘柄はたった三〇社
アメリカも長期金利の上昇が心配
■「景気指標」を読み解く七つのポイント【その6】
「仮説」を立てて「経済を見る」

●テーマ9 ヨーロッパ経済を見る

金融危機のダメージが深刻な欧州経済
実体経済は悪化しているのに株価は上昇

●テーマ10 アジア経済を見る

中国の貿易黒字鎮減は何を意味するか?
中国は米国債の最大のお客さん

●テーマ11 商品相場を押さえる

「現物」と「先物」の違いを知る
再び高騰しはじめた資源価格
■「景気指標」を読み解く七つのポイント 【その7】 数字を予測してみる

【パート2】 実践トレーニング編

●その1 「100年に一度の経済危機」を過去と比べてみる

景気の落ち込みを探る三つの数字
「生産」と「在庫」の関係から景況感を利断する
製品在庫率指数」と「機働率指数」から不況の深刻度が見える
有効求人倍率と完全失業からみる「雇用」の未来
ITバブル装後も貿易黒字は維持、でも今回は・・・
これから本格化する企業の倒産
オバマ大統領発言にみる金融危機の深刻さ
金融危機のきっかけはITバブルにあった
アメリカの経済、打つ手はあるのか
アメリカの経済政策を見るポイント

●その2 景気回復の兆しを探す

景気回復の兆しはどの数字に表れるか?
アメリカは世界中から買い物をしている
膨大な貿易赤字=旺盛な個人消費
アメリカ人がモノを買わなくなった
景気の回復はアメリカの「住宅着工」から始まる
金融機関を破綻させないことが大前提
「そろそろ在庫調整が終わる」は本当?
生産抑制と消費減退のスパイラル
ふたを開けたら、日本が一番不景気だった
政府ができることは何か
世界経済の機関車であるアメリカがカギを起る
なぜ「銀行計貸出残高」が増えたのか
自己資本比率とは何か?
再び上昇しはじめた商品相場
GDPが落ち込んだのに、なぜ株価は上がるのか?

●その3 中国は世界経済の機関車になれるか

大規な気対策で成長を持できるか?
中国が一されているのはインフレ
ここにきてデフレの心配もしなければならなくなった
国が管理する通貨「人民元」
中国政府が市場からドルを買っている
中国の貿易黒字が減るとアメリカが困る
中国がG20で真ん中に座った理由

●絶対に押さえておきたい一〇指標「国内編」

●絶対に押さえておきたい一〇指標「海外編」

 

パート1
基礎トレーニング編

テーマ1
GDPを読み解く

まず、「景気指標欄」左半分の「国内」に掲載されている指標から説明していきましょう。「国内」欄は五段に分かれています。この五段分のスペースに、一番最初(一段目左端)の「国内総生産」から、一番最後(五段目右端)の「東証一部一日平均売買代金」まで、全部で五〇種類以上の指標が並んでいます。
初めて見る方なら、あまりに細かい数字がびっしりと詰め込まれているので、拒否反応を起こしてしまわれるかもしれません。でも、安心してください。本書は教科書ではありませんから、一番目から五〇何番目までの指標を、順番通りにくどくどと説明することはしません。

こういう数字のかたまりを読み解くには、それなりの見方があるのです。
本書では、私がいつも分析しているやり方で、経済を七つの大きなテーマに分類し、それぞれのテーマに関連する指標をひとまとめにして説明していきいます。テーマごとに、とくに重要な指標を中心にして、その他の指標とも関連させながら数字を追っていくことによって、経済の動向を立体的にとらえることができるからです。

国内総生産(GDP)の定義を言えますか?

日経新聞「景気指標欄」の「国内」の一段目の一番左にあるのが「国内総生産」です。紙面の一番左上に掲載されているのは、これが一番重要な数字だからです。(ちょっと実際に、この後の図の数字を見てください。「名目」と「実質」がありますね。2006年度の数字を確認できましたか?単位は兆円です。)

では、なぜ国内総生産が一番重要なのでしょうか?数字を見るときには、ただ数字がいくつだとか眺めるだけでなく、こういう根本的なところから考えてみなければ、本当の意味が見えてきません。
そもそも国内総生産とは何でしょうか?私はセミナーなどの会場で、この質問をすることがよくあります。すると、多くのみなさんは「GDPです」と答えてくれます。正解です。では、GDPとは何でしょうか?今度は「国内総生産です」と答えてくれる人もいます。これも正解ですが、こんな禅問答のようなことをしていても、本当の意味は見えてきませんね。

国内総生産(GDP:GrossDomesticProduct)をひとことで定義するなら、「ある地域で、ある一定期間(一年間)に生み出された付加価値の総額」です。
「付加価値」とは「売上高マイナス仕入れ」です。企業は、何かを仕入れて、商品やサービスを売り、売上を計上するわけです。こうした企業の活動のなかで仕入れたものの金額と売り上げた金額との差額が付加価値です。

Column

自然成長率
ハロッド・ドーマーの理論における経済成長モデルの一つで、労働供給の増加率(労働人口の伸び率)nと技術進歩率(労働生産性の向上率)はの合計n+xと定義される。これはすなわち、経済において労働の完全雇用を維持しながら達成可能な成長率を示しており、自然成長率に等しい率で経済が成長していれば、労働を完全雇用しながら、長期的な経済成長が可能となる。
参考資料:井堀利宏「入門マクロ経済学』(新世社)

「名目」と「実質」

GDPの意味と重要性が分かったところで、数字をもう少し細かく見てみましょう。

GDPには「名目GDP」と「実質GDP」があります。「名目」とは実際の金額という意味で、「実質」はその実額をある時点の貨幣価値でみた場合にいくらになるか、つまりデフレやインフレを調整したあとの金額が「実質GDP」なのです(景気指標欄にある「〇〇暦年連鎖価格」というのは二〇〇〇年の貨幣価値で比較しているという意味です)。
二〇〇八年度の名目GDPは約五〇〇兆円、実質GDPは約五四〇兆円でした。名目に比べて実質が八%高いということは、二〇〇〇年からの八年間で八%分のGDPペースでのデフレが起こったということです。もしも名目のほうが実質よりも金額が大きければ、反対にインフレが起こったということになります。

なお、景気指標の数字の左横に※印がついているのは、この数字が「速報値」だということです。ほかの指標でも同じですが、指標が発表されるときには、まず速報値が発表されます。速報値の段階では誤差などが含まれているので、その後しばらくしてから「改訂値」や「確定値」が発表されるのです。
この景気指標桐では、数字が確定したら※印がなくなります。いくら速報値といっても、数字というのは一人歩きしますから、みんながその数字をそのまま信じてしまうのですが、あとから改訂値や確定値を見ると、速報値とはかなり変わっていることがよくあります。毎週の数字をきちんと追っていないと見逃してしまうので注意してください。

「前期比年率」のマジック

さて、肝心のGDPの動向はどうなっているでしょうか。実質ベースの数字を追っていきましょう。二〇〇六年度はプラス二・三%、二〇〇七年度はプラス一・八%と、緩やかに拡大を続けてきたのですが、二〇〇八年に入るとマイナスに転じます。それも、後半になるほど落ち込みが激しくなり、一〇一二月期には年率でマイナス一四・四%を記録し、二〇〇九年一-三月期はマイナス一五・二%となりました(速報値。改訂値は一四・二%)。まさに「一〇〇年に一度の不況」にふさわしい深刻な状況です。
ここで注意していただきたいのは、四半期ベースのGDPの数字が「前期比年率」で表されるという点です。前期比年率の計算方法は、その四半期のGDPを前の四半期のGDPと比較して、それを年率換算し、季節要因の調整を行うのですが、この場合、前の四半期との比較になりますから、前の四半期の数字が極端に悪いと相対的に良く見えたりすることです。
最近(二〇〇九年六月初旬)、多くのエコノミストが二〇〇九年四-六月期の実質GDPがプラスになると予測していますが、そこには、景気が底入れするという見通しに加えて、前の四半期(二〇〇九年一-三月期)が最悪と言ってよいほどひどく、それほどはひどくはならないだろうという意味合いが含まれているのです。(コラムの「成長率のゲタ」も勉強しておいてください。)

Column

成長率のゲタ
ある年のGDPなどにおける、前年度の平均と、前年度の年度末との水準の差。たとえば、あるt|1年度における四半期毎のGDPを3、8、M、mとすると、t11年度のGDPの平均値は、(3+8+w+m)4=5となる。次の1年度において、GDPがt|1年度の第4四半期110のまま推移し、仮に1年間経済成長がゼロだったとしても、1年度の対前年度伸び率は(110-95)/95=15.8%の成長となる。このように、年度の初めから前年度の平均に対して差があれば、その分ゲタ(上の例では6・8%)を履いたように高くなるため、これを成長率のゲタという。
参考資料:日本銀行松本支店「「ゲタ」って何?」、日本銀行ホームページ

続きは本書で確認いただけます。

小宮 一慶 (著)
出版社: 日経BP; 1版 (2009/8/10)、出典:出版社HP