ステンレス鋼の溶接




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はしがき

ステンレス鋼は鉄鋼材料の一つである.

人類が鉄を使い始めたのは紀元前2500年頃からであるといわれている.鉄の使用は人類の文明に大きな変革をもたらし,現在でも金属材料の中の主役の地位を占めている.しかし,鉄の持つ最大の欠点は「さびる」ことであり,特に海洋国日本では高度成長時代に腐食による直接損失はGNPの約2%,間接損失を含めると4~5%にもなるといわれていた.

耐食性に優れた鋼が欲しいとの願いは古くからあったが,“ステンレス鋼”の歴史は意外に新しい.すなわち,ステンレス鋼の主要合金成分であるCrがフランスのVauquelinにより発見されたのが18世紀末であり,その後間をおいて1910年前後に13Cr系ステンレス鋼がイギリスのBrearleyにより,18Cr系ステンレス鋼がアメリカのHaynesとフランスのPortevinにより,18Cr-8Ni系ステンレス鋼がドイツのStraussにより発明され実用化が開始された.

わが国においては,1920年頃から研究が始まり,1926年に松永陽之助博士により13Cr系ステンレス鋼が作られた.続いて1933年頃に18Cr-8Ni系ステンレス鋼の生産が開始された.当時は主として軍需目的であったが,第2次世界大戦後は長い期間需要不振を続けたが,1962年頃から需要が伸びはじめ1970年には,アメリカを抜いて世界一の粗鋼生産国となり,現在もその地位を守り続けている.

ステンレス鋼の用途は家庭用品をはじめ,化学装置,船舶,車輌,自動車部品,食品加工機械,建築材料,原子力機器など多岐にわたり,わが国の産業の重要な部分を支えている.

これらのステンレス鋼を使用した装置・構造物の製作には溶接施工が不可欠であり,溶接技術もステンレス鋼の生産と相俟って大きな進歩発展をとげてきた.特に1971年にステンレス鋼の溶接技能検定制度が発足し,これと相呼応して同年「ステンレス鋼の溶接」初版を出版し,今日まで20刷を重ね幅広く多数の方々に御愛読いただいてきた.

ステンレス鋼は優れた耐食性を有する鋼材としてよく知られているが,決してオールマイティではなく材質的に神経質な材料である.たとえば硝酸のように酸化性の酸に優れた耐食性を示す18Cr-8Niステンレス鋼でも硫酸のような還元性の酸には十分な耐食性を発揮せず,Mo入りの18Cr-8Ni鋼やより高級なステンレス鋼を使用しなければならない.溶接部も母材と同等の性能を発揮させるためには,溶接棒の選定,溶接法や溶接条件の選定など留意しなければならない点が少なくない.

初版発行以来約28年経過し,ステンレス鋼や溶接材料,溶接法および溶接に関する学術・技術が大きく進歩した.この度,内容を大幅に改訂し,YAGレーザ溶接法やアブレイシブ切断法など最新の技術や学術的知見を盛り込んで改訂版を出すことにした.溶接技術者・研究者はもとより大学の学生諸君の参考書としてもお役に立てば幸いである.

本書を執筆するにあたり,もとより多数の文献のお世話になった.また一部には日本溶接協会化学機械溶接研究委員会,ステンレス協会溶接専門委員会の資料を借用させていただいた.それぞれ文献名をあげておいたが,ここにあらためて深甚なる謝意を表させていただく次第である.

平成11年8月
著者

向井 善彦 (著)
日刊工業新聞社

目次

1. スレンレス鋼の種類とその金属組織
1・1 ステンレス鋼の分類
1・2 マルテンサイト系ステンレス鋼
1・3 フェライト系ステンレス鋼
1・4 オーステナイト系ステンレス鋼
1・5 ステンレス鋼の加工と再結晶
1・6 ステンレス鋼の熱処理
1・6・1 マルテンサイト系ステンレス鋼
1・6・2 フェライト系ステンレス鋼
1・6・3 オーステナイト系ステンレス鋼
1・6・4 析出硬化型ステンレス鋼

2. ステンレス鋼の物理的・機械的特性
2・1 物理的性質
2・2 常温における機械的性質
2・3 高温における機械的性質
2・4 低温における機械的性質

3. ステンレス鋼の耐食性
3・1 腐食の基本的概念
3・2 腐食の種類とその試験法
3・3 全面腐食
3・4 孔食
3・5 粒界腐食
3・6 応力腐食割れ
3・6・1 実装置事故の現状
3・6・2 応力腐食割れを起こす環境条件
3・6・3 応力の効果
3・6・4 材料
3・6・5 クロム炭化物の粒界析出と割れの形態
3・6・6 冷間加工の影響

4. ステンレス鋼の溶接性
4・1 溶接性の定義と分類
4・2 工作に関する溶接性
4・2・1 溶接法の選択
4・2・2 溶接部の治金的特性
4・3 使用性能に関する溶接性
4・3・1 粒界腐食
4・3・2 応力腐食割れ
4・3・3 低温および高温における問題点

5. ステンレス鋼の溶接法
5・1 溶接方法の種類
5・1・1 被覆アーク溶接
5・1・2 ティグ(TIG)溶接
5・1・3 ミグ(MIG)・マグ(MAG)・炭酸ガスアーク溶接
5・1・4 セルフシールドアーク溶接
5・1・5 サブマージアーク溶接
5・1・6 プラズマ溶接
5・1・7 電子ビーム溶接
5・1・8 レーザ溶接
5・1・9 抵抗溶接
5・2 ステンレス鋼用溶接材料
5・2・1 ステンレス鋼被覆アーク溶接棒
5・2・2 ステンレス鋼の自動および半自動溶接用溶接材料
5・3 ステンレス鋼の溶接施工法
5・3・1 開先
5・3・2 治具および固定具
5・3・3 裏当て金
5・3・4 溶接棒の選定と溶接条件
5・3・5 予熱および後熱処理
5・3・6 その他の注意事項

6. クラッド鋼
6・1 クラッド鋼の製造
6・1・1 鋳造法
6・1・2 圧延法
6・1・3 溶接盛金法
6・1・4 ろう付け法
6・1・5 爆発圧着法
6・2 クラッド鋼の機械的性質
6・2・1 引張強さ
6・2・2 曲げ試験
6・2・3 接着力
6・3 クラッド鋼の熱処理に伴う諸問題
6・3・1 治金学的問題点
6・3・2 力学的問題点

7. クラッド鋼の溶接
7.1 クラッド鋼の溶接性
7・1・1 境界部の溶接
7・1・2 母材側の溶接
7・1・3 クラッド材側の溶接
7・2 クラッド鋼の溶接施工法
7・2・1 溶接棒
7・2・2 開先および溶接順序
7・2・3 溶接継手例
7.2.4 その他の注意事項

8. ライニング
8・1 ライニングの種類
8・2 プラグライニング
8・3 ストリップライニング
8・4 爆着ライニング
8・5 検査

9. 異種材の溶接
9・1 異種材溶接の意義と現状
9・2 異種材溶接部の治金的特性
9・2・1 溶着金属の希釈
9・2・2 遷移域のぜい化
9・2・3 熱処理による脱炭層と浸炭層の形成
9・3 異種材溶接部の使用性能
9・3・1 低温じん性
9・3・2 高温強さ
9・3・3 熱疲労破壊
9・4 異種材の溶接施工法
9・4・1 溶接棒の選定
9・4・2 溶接条件
9・4・3 溶接後の熱処理

10. ステンレス鋼のろう付け
10・1 ろう付けの分類
10・2 軟ろう付け
10・3 硬ろう付け
10・3・1 ろうの種類
10・3・2 溶剤と雰囲気
10・3・3 施工法
10・3・4 ろう付け後の処理と検査
10.4 耐熱ろう付け
10.5 ろう付け継手の強さ

11. ステンレス鋼の切断
11・1 イナートガスアーク切断
11・2 プラズマ・ジェット切断
11・3 レーザ切断
11・4 その他の切断法
索引

向井 善彦 (著)
日刊工業新聞社