ステンレス鋼溶接トラブル事例集




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まえがき

成熟化社会の中でのモノづくり産業に求められる,生産の効率化,合理化,省力化が各産業分野で推進される中で,生産現場から技術者,技能者の削減が進められている。かたや,地球規模での経済成長の鈍化,地球環境への配慮の影響もあり,プラントや生産設備の新規製作のインターバルも長くなる傾向がある。

このような状況下で生産現場で何が起こっているか。それは熟練技能者の高齢化と若年技術者および技能者のこれまでにない速度での減少である。技術の伝承の重要性は高度の工業製品の製作において必要不可欠なことはいうまでもないが,このような環境により,従来から受け継がれてきた現場の技術,経験の伝承が途絶える危機的状況にあるといっても過言でない。

生産現場では,製品の性能や信頼性に直結する重要な要素技術が数多くある。かつての高度成長期に培われた豊富な知識や経験に支えられ,世界的に見てもトップレベルにある溶接技術もその一つである。しかしながら,その溶接技術に関しても,先輩から後輩へ,熟練技能者から初心者へのノウハウの伝承が潤沢に行われていないのが現状である。

技術は時代とともに変遷し,なかには時代の進歩に伴い滅びゆく宿命を持ったものもある。これはそのニーズの減少に伴う従事者の減少という形で生じる。しかしながら,現在の状況は技術それ自体に対するニーズがあるのにもかかわらず,他の要因でその従事者が減少して技術が退化する傾向さえ見られている。科学技術立国を標榜するわが国としては由々しき事態であるといわざるを得ない。

このような状況を改善するための努力もなされている。過去の膨大な情報をコンピュータに記憶させ,それをデータベースとして利用する試みや,データに表せない匠の技をエキスパートシステムの中へ取り入れる努力などである。これらの手法は今後の技術伝承のあり方の一つであることは事実である。しかしながら,現状ではそれらのいずれもが未成熟で完全に技術伝承を補完する手段にはなり得ていない。このような状況において,かつての技術,情期ハウをまとまったものとして残しておく努力は重要であろう。

(社)日本溶接協会特殊材料溶接研究委員会では,従来よりステンレス鋼,鋳鉄,耐熱鋼,非鉄合金(Ni, A1, Ti, Cu, Ta, Zr, Mo合金など)など特殊料の溶接・接合に関わる諸問題について研究報告や情報交換を行うとともに,講習会や専門書の出版を通じてこれらの材料の溶接・接合施工技術に関する社会的な啓蒙活動を続けてきた。一方,溶接技術者および溶接技能者などの不安に対する対策の一助にすべく,各企業で長年にわたって培われた特殊材料の溶接・接合施工関係の情報・技術のノウハウの蓄積をデータシート化し,その内容の年次更新を続けながら「溶接施工データ集」を発刊してきた。

本書はこの流れに沿って企画されたもので,溶接技術の伝承に寄与すべく,特殊材料のなかでも需要の多いステンレス鋼を対象として,各企業におけるこれまでの溶接施工事例の中から不具合の事例をまとめた。各事例は,経験豊かな実務経験者により,実例に基づき記述されており,その発生原因およびメカニズムならびに問題解決の対策についても詳細に説明されている。

本書は第1部「トラブル事例と対策編」,第2部「基礎知識編」の2部構成で成り立っており,特に第2部においては,ステンレス鋼の溶接に関わる問題点や不具合の発生機構の理解を助けるため,ステンレス鋼溶接に関する基礎的事項をまとめて記述している。また,ステンレス鋼の母材および溶加材料の種類と特徴ならびにステンレス鋼溶接部に関する各評価試験や検査の概要についても記述している。本書がステンレス鋼の溶接に携わる技術者の参考となり,技術伝承についても何らかのお役に立てば幸いである。

最後に,本書編纂のために設立されたワーキンググループの主査 川嶋 巌氏をはじめ,各執筆担当者および委員ならびに資料を提供いただいた各企業の関係各位に対して厚く御礼申しあげる。

2003年1月
(社)日本溶接協会 特殊材料溶接研究委員会 委員長 西本 和俊

日本溶接協会特殊材料溶接研究委員会
産報出版

目次

第1部 トラブル事例と対策

第1章 ステンレス鋼溶接のトラブル
1.1 オーステナイト系ステンレス鋼
1.1.1 溶接施工における欠陥の発生事例
(1) 裏波溶接金属の酸化による溶接欠陥の発生
(2) 亜鉛による溶接割れ
(3) 清浄不良による溶接欠陥
(4) FCAW溶接金属へのGTAW溶接施工における融合不良状欠陥の発生
(5) 銅裏当金からの浸銅による溶接金属割れ
(6) 風によるシールドの乱れに起因した溶接金属割れ
(7) SUS310S鋼突合せ溶接部の裏曲げ試験時の割れ
(8) ステンレス鋼へのインコネル肉盛溶接における割れ
(9) 厚板突合せ溶接継手部の側曲げ試験時の割れ
1.1.2 溶接後熱処理および高温使用による割れの発生
(1) SUSF347鋼の溶接熱影響部に発生した安定化熱処理による割れ
(2) FCAW溶接金属に発生した安定化熱処理による割れ
(3) FCAW溶接金属の高温使用時の割れ
1.1.3 腐食事例
(1) ステンレス鋼への酸素アセチレンガス溶接法によるステライト肉感部の腐食
(2) ステンレス鋳鋼溶接部の応力腐食割れ
(3) 裏波溶接金属の酸化部の腐食
1.2 マルテンサイト系ステンレス鋼
1.2.1 溶接施工における欠陥の発生事例
(1) SUS410鋼突合せ溶接金属の低温割れ
(2) 13Cr-5Ni銅継手溶接金属の低温割れ
1.2.2 機械的性質劣化
(1) SUS410銅継手溶接金属の延性およびじん性の低下
(2) SUS410鋼溶接継手の曲げ試験時の割れ
1.3 フェライト系ステンレス鋼
1.3.1 溶接施工における欠陥の発生事例
(1) 炭素鋼/SUS405鋼の異材継手溶接部の曲げ試験時の割れ
(2) SUS405クラッド鋼溶接部の遅れ割れ
(3) フェライト系ステンレス鋼肉盛溶接部の曲げ試験時の割れ
(4) フェライト系ステンレス鋼の薄板溶接時に発生する割れ
(5) 高純度フェライト系ステンレス鋼溶接熱影響部の粒界脆化
(6) 高純度フェライト系ステンレス鋼の溶接金属部脆化
(7) 高純度フェライト系ステンレスクラッド鋼溶接部の延性低下
1.3.2 腐食事例
(1) SUS405鋼溶接部の腐食
1.4 オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼
1.4.1 溶接施工における欠陥の発生事例
(1) SUS329J4L溶接後熱処理時の相脆化割れ
(2) SUS329J4Lサブマージアーク溶接金属の高温割れ
(3) SUS329J1溶接金属の低温割れ
(4) SUS329J4Lの曲げ加工部の溶接時の割れ
1.4.2 腐食事例
(1) SUS329J4L溶接部の孔食
(2) SUS329J4L溶接部の応力腐食割れ
1.5 異材溶接および肉盛溶接
1.5.1 異材溶接
(1) SUS316Lクラッド鋼溶接継手の側曲げ延性低下
(2) SUS304とSUS303の異材溶接金属部に発生した高温割れ
(3) 熱処理によって生じた溶接継手ボンド部近傍の浸炭・脱炭現象
(4) ステンレス鋼と炭素鋼異材継手の曲げ性能不良
1.5.2 肉盛溶接
(1) ステンレス鋼帯状電極肉盛溶接金属部における高温割れ(希釈変動)
(2) 炭素鋼へのステンレス鋼肉盛溶接時の高温割れ
(3) Cr-Mo鋼へのFCAWによるステンレス鋼肉盛溶接時の高温割れ
(4) 309L系フラックス入りワイヤ(YF309L)による肉盛溶接部側曲げ試験片の延性低下
(5) オーステナイト系ステンレス鋼肉盛溶接部の側曲げ試験片の延性低下
(6) オーステナイト系ステンレス鋼肉盛溶接金属における剥離割れ
1.6 溶接変形
1.6.1 面内変形
(1) SUS304鋼製パネル構造体の板継溶接による横収縮変形
(2) SUS304鋼製円筒容器の縦シーム溶接時に発生する回転変形
1.6.2 面外変形
(1) SUS304 鋼製薄板外装板および内部補強材のT型すみ肉溶接部における横曲がり変形
(2) SUS347鋼製ヘダーへの枝管取付溶接による縦曲がり変形
(3) SUS304鋼製上水タンクのすみ肉溶接による主板の座屈変形

第2部 基礎知識

第2章 ステンレス鋼およびステンレス鋼溶接材料の種類と性質
2.1 ステンレス鋼の種類と性質
2.1.1 種類と規格および用途
(1) 種類
(2) 規格
(3) 用途
2.1.2 機械的性質
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
(4) オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼
(5) 析出硬化系ステンレス鋼
2.1.3 耐食性
(1) ステンレス鋼の不働態と全面腐食
(2) 粒界腐食
(3) 孔食・隙間腐食
(4) 応力腐食割れ
2.2 ステンレス鋼溶接材料の種類と性質
2.2.1 規格
(1) 被覆アーク溶接棒
(2) 溶加棒およびソリッドワイヤ
(3) フラックス入りワイヤ
(4) サブマージアーク溶接用溶接材料
(5) バンド溶接用溶接材料
2.2.2 溶接金属の性能
2.3 溶接材料の選定と注意事項
2.3.1 共金溶接
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
(4) オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼
(5) 析出硬化系ステンレス鋼
2.3.2 異材継手溶接と肉盛溶接
(1) 異材継手溶接
(2) 肉盛溶接とクラッド鋼の溶接

第3章 ステンレス鋼溶接の基礎
3.1 溶接金属の凝固
3.1.1 凝固組織の形成
3.1.2 凝固モード
3.1.3 凝固偏析
3.2 溶接金属の室温組織
3.2.1 室温組織の分類
3.2.2 フェライト量予測方法
3.3 溶接割れの分類
3.4 溶接割れの発生機構とその対策
3.4.1 高温割れ
(1) 凝固割れ
(2) 多層溶接時の延性低下割れ
(3) 後熱処理過程での延性低下割れ
3.4.2 低温割れ
(1) 脆化割れ
(2) 水素脆化割れ
3.5 溶接部に生じる脆化原因の分類
3.6 溶接部のじん性に影響を及ぼす諸要因
3.6.1 フェライト
3.6.2 酸素,窒素のピックアップ
3.6.3 炭化物
3.6.4 σ相
3.6.5 475℃脆化
3.7 溶接部に生じる腐食形態の分類
3.8 溶接部の腐食とその対策
3.8.1 粒界腐食
(1) ウェルドディケイ
(2) ナイフラインアタック
(3) フェライト系ステンレス鋼の粒界腐食
3.8.2 孔食
3.8.3 隙間腐食
3.8.4 異材継手部の腐食
3.8.5 溶接部の応力腐食割れ
(1) 塩化物応力腐食割れ
(2) 高温純水中応力腐食割れ
3.9 溶接部の残留応力と変形
3.9.1 溶接継手の残留応力
3.9.2 溶接変形

第4章 ステンレス鋼溶接部の品質評価に関する試験方法
4.1 溶接部のミクロ組織および化学成分の評価
4.1.1 フェライト量の測定
4.1.2 金属組織観察
4.1.3 化学成分の評価
(1) Fe
(2) Cr
(3) Mo
4.2 溶接性の評価
4.2.1 溶接割れ感受性
(1) 高温割れ試験
(2) 低温割れ試験
(3) SR割れ試験
4.2.2 溶接欠陥検査
(1) X線透過試験
(2) 超音波探傷試験
(3) 渦電流探傷試験
4.2.3 耐食性
(1) 全面腐食試驗
(2) 粒界腐食試験
(3) 孔食試驗
(4) 隙間腐食試験
(5) 心力腐食割試驗
4.3 溶接施工の確認
4.4 機械的性能の評価

参考文献
索引

日本溶接協会特殊材料溶接研究委員会
産報出版