知られざる特殊特許の世界




はじめに

「特許」といわれて何を思い出すだろうか?「東京特許許可局」という早口言葉? 発明王エジソン? いずれにせよ、読者の多くにとっては、「特許」といわれても具体的なイメージがあまりわいてこないのが実情だと思う。つまり「特許」は、フツーの人々が知る必要のない、専門家にまかせておけばよいことだったのだ。

だが、最近は事情が違ってきている。バブル経済崩壊後の産業構造の変化によって、日本の産業界全体において、従来の大量生産型から知識集約型へのビジネスのモデルチェンジが進行し、これに伴って「特許」をはじめとした「知的財産権」が、高い付加価値を産むものとしてクローズアップされてきているのだ。実際、新聞等で「ビジネスモデル特許」(→)とか「遺伝子特許」(→)といった言葉をよく見かけるのはご存知の通りだ。ビジネスの現場でも生活においても、今後ますます特許は身近な存在になってくるだろう。

さらにいえば、相変わらず続く不況の中で、個人ビジネスとしての特許(発明)というのも注目されている。リストラされないかとビクビクしながら企業に勤めているよりは、独力で発明をして儲けようというのは当然の発想だ。実際、ちょっとした発明で大儲けをすることも、色々な困難はあるけれど、可能ではある。

だが、こうした状況もかかわらず、一般の人々向けに、楽しくわかりやすく書かれた特許の本は、ほとんどない。筆者は某企業で特許実務に携わってきた関係上、特許関連の出版物には一 通り目を通しているつもりだが、読者が楽しみながら通読できるような本には、一度もお目にかかったことがない。

そこでこの本では、少しでも皆さんに特許に親しんでいただけるように、筆者が「特殊特許」と呼んでいる個性的な特許を集めてみた。この「特殊特許」とは何か?それは文字通り「特殊な特許」なのだが、もう少し詳しくいうと、次のような特許のことだ。

1.発明者や出願人/特許権者がフツーじゃない(何で、この人が、この会社が、こんな発明を?)
2.技術の内容がフツーじゃない(何で、こんなものを特許に?)
3.技術の解釈がフツーじゃない(何で、そんな主張ができるの?)
4.権利の範囲がフツーじゃない(何で、これが特許になるの?)

具体的にどんな特許があるのかは、目次を見ていただければわかると思うが、とにかくとかく堅苦しいイメージで語られがちな「特許」の中にも、こうした親しみやすいものがたくさんあるのである。

ただ残念なことに、こうした「特殊特許」が日の目を見ることは、今まであまりなかった。何らかの偶然で誰かによって発見されたとしても、「変な特許」とか「面白特許」とか「不思議な特許」とか呼ばれて、特許業界の一部の人間の酒の肴とされるだけで、その運命を終えていたのである。

たしかに「特殊特許」に、「ただ変なだけ」のように思われがちなものが多いことは否定できない。だが、これらの中には、「人をアッといわせるような斬新な発想」を含むものや、また、特許を理解するのに非常に役立つものも多いのだ。本書は、こうした「特殊特許」を素材にしつつ、特許について理解してもらうことを目的としている。

また、これも目次を見ていただければわかるのだが本書でいう「特許」には、特許して許可されたものの他に、特許の出願(申請)をしただけのものも含まれており、特許出願されたものを1章に、そして、めでたく特許として認められたものを2章に、それぞれ分けて載せてある。さらに、「特殊特許」の具体例を解説する本文では書ききれなかった話は、コラムでフォローした。本文とコラムを併せて読んでいただければ特許について一般レベルで知っておくべきことはほぼすべて押さえられるはずだ。

見かけはオフザケ本のように見えるかもしれないが、実はかなり高度なレベルの内容も扱っているし、最新情報も入れてある。その点では特許の専門書に負けない濃い内容にしたつもりだ。読者が笑いながらこの本を通読し、知らず知らずのうちに、特許のエキスパートになってしまっていたら、筆者としては、これほどうれしいことはない。

稲森 謙太郎 (著)
出版社: 太田出版 (2000/07)、出典:出版社HP

目次

はじめに
凡例
本書を読む前に一押さえておきたい基礎知識

1章 こんな特許が出願されていた!

あの有名人の特許出願
小室哲哉プロデュース ダンサー&ミュージシャン用時計は、未来のシンセサイザーか?
いったい何を焼いていたのか  麻原彰晃が出願していた、謎の焼却炉特許
恐るべき大学生! 大仁田厚が発明した、特殊プロレスリング

あの会社のこんな発明
ナニワの世界企業 松下電器が特許出願する、「漫才人形」の謎
大手ゼネコンがなぜ? (株)フジタの、エンターテイメント型小便器

この発明は実現できるのか!?
人類の夢…… 「永久機関を完成した!」と主張する人々
環境問題を一気に解決!? スケールがバカでかい、地球環境改築方法

本当に病気が治るのか!?
エイズもガンもこれで治る? 念力を込めた、「神薬」の製造方法
吸えば発ガン物質を退治する? クマ笹パワーを利用した、健康にいいタバコ

この発明は役に立つのか!?
一擢千金間違いなし!? 六曜で当てる、オカルト馬券術
福井地震の経験から生まれた掛け軸型・人体保護板
球速200キロ! バレーボール特訓機で、東洋の魔女はよみがえるのか?
現代の埴輪? 故人の思い出を残すための、「火葬人形」

こんな主張が特許になるのか!?
「世界はすべてオレのもの!と主張する、電波系特許は許可されるのか?

コラム

コラム1 知的財産権って何?
コラム2 特許制度は、いつできた?
コラム3 特許を取るまでの流れは?また、特許となる基準は?
コラム4 特許の権利範囲は、どのように決まる?
コラム5 特許を取るのに、ものすごくお金がかかるって本当?
コラム6 特許庁には、どうやって料金を支払う?
コラム7 特許権の侵害って、どういうこと?
コラム8 外国でも特許を取るためには、どんな方法がある?
コラム9 サブマリン特許って何?
コラム10 プロパテントって何?
コラム11 ビジネスモデル特許って何?その1
コラム12 ビジネスモデル特許って何?その2

2章 こんな特許が許可されていた!

有名人の発明が特許になっていた!
白塗りの女王・鈴木その子のダイエット食品特許2件
金メダリスト・鈴木大地の水泳トレーニング用マシン

有名企業のこんな特許
NECがひそかに開発するUFO推進装置の秘密
中国進出への秘密兵器!? 富士通が開発する、少数民族言語「イ語」用ワープロの謎
眠りたいならオイラをたたけ! おもちゃメーカー・トミーの、モグラたたき式目覚まし時計
エアコンのダイキン工業のオネショ防止装置

日本の警察の特許
警察庁長官名義で特許を取得 アヘン検出キット

CMで見かけるあの特許
毛髪がみるみる生えてくる!? バイオテックとリーブ21の、育毛特許の秘密

エッ!?こんなものまで!?
許可は当然?それとも特許庁のミス? 議論を呼びそうな特許3件

時代を反映する、ココロ系特許
ココロの状態を絵で表現!? 心絵表示装置
ありがたや〜!!密教信者御用達 護摩の灰を混ぜたお持ち帰り用陶器
月世界からコンニチワ!! 月面から仏壇に届く、故人の思い出伝達装置

男女平等を実現する特許!?
女性たちはこれを、本当に必要とするのか!? 女性用の特許発明2件

コラム

コラム13 遺伝子特許って何?
コラム14 休眠特許って何?
コラム15 ドクター中松は、本当に天才発明家なのか?
コラム16 弁理士って何?
コラム17 特許管理士って何?
コラム18 発明の著作権登録ビジネスって何?
コラム19 どんな発明をすれば、ひと儲けできる?

あとがき
参考文献

稲森 謙太郎 (著)
出版社: 太田出版 (2000/07)、出典:出版社HP

凡例

*発明は特許庁で許可されて初めて「特許」として成立する。だから厳密には「出願中」のものは特許ではないのだが、本書では、こうした特許出願も含めて、広義に「特許」と呼んでいる。

*厳密には、「実用新案」は「特許」とは異なるが、本書では、「実用新案」=「小特許」の考え方から、「実用新案」も「特許」に含めて取り扱っている。

*特許に関するデータの大部分は、特許庁が提供している『特許 電子図書館』(htrp://www.ipdl.jpo-miti.go.jp/)で検索して得られたものに基づいている。データの利用について特許庁に問い合せしたところ、以下のような回答を得た。

著作権については、出願人の方にございますが、出願人の方は、出願が法律(出願公開制度)によって公開することにより、特許庁が明細書を公開することに対し、特許庁に黙示の許 諾を与えているものとみなしておりますので、特許電子図書館から取得した情報であるとの出典を明記していただくことにより、引用・転載・加工は自由に行うことが出来ます。(特許庁 特許情報課普及班)

本書では、上記の見解に基づき、テキスト・図版データを利用している。

*引用にあたって、旧漢字やかな遣い、句読点、ルビのふり方については一部改めた。また引用中の省略部分は“……”で示した。

*特許請求の範囲については、請求項1のみを掲載した、なお、その表現が冗長なものに関しては、その概要を載せている。

*引用した図面は、同一性を損ねない範囲でリライトした。また、図中の各部の番号も、読みやすいように付け直した。

*審査状況及び権利状況は、2000年4月1日現在のもの。また、審査状況において「査定なし」とあるのは、特許庁での処分がまだ決まっていないことを示す。

稲森 謙太郎 (著)
出版社: 太田出版 (2000/07)、出典:出版社HP

本書を読む前に―押さえておきたい基礎知識

本文に入る前に、この本を読むための最低限の基礎知識を押さえておこう。少々専門的な話もあるが、ちょっとだけ我慢して読んでほしい。

そもそも特許とは?
「特許(特許権)」は「知的財産権(知的所有権)」の一種だ。ごく大ざっぱにいうと、「知的財産権」の中に「工業所有権」や「著作権」などがあり、「工業所有権」の中に「特許権」「実用新案権」「意匠権」「商標権」がある。

知的財産権 工業所有権 特許権
実用新案権
意匠権
商標権
著作権
その他の権利*

 *半導体回路配置利用権、商号権など

詳しくは後ほどふれるが、とりあえずここでは、各権利の大まかな関係を覚えておいてほしい。なお、ここでは「特許=特許権」ということで説明してしまったが、本書では「特許」という言葉を、この「特許権」のみならず、「特許として許可された発明」とか「特許の出願をしている発明」など、広い意味で使っている。

特許に関する情報はどこにある?
日本の特許情報は、『特許電子図書館』(http:// www.ipdl.jpo-miti.go.jp/)で、誰でも自由に検索・閲覧できる。もちろん本書で紹介している特許情報の書類の原版(公報という)もほとんど見ることができるので、「オリジナルの特許情報をチェックしてみたいな」と思ったら、訪れてみてはいかがだろうか?

特許の「公報」ってどんなもの?
公報とは、出願された特許の内容を特許庁が公表する際の書類のことだ。たとえば鈴木大地氏が発明した特許「泳者トレーニング評価システム(特登録2696159号)」の場合、その最初のページは以下のようなものである。

この特許公報は大きく分けて、以下の3つのパートから構成されている。

1 書誌情報
2 明細書
3 図面(ない場合もある)

1の書誌情報は、ご覧の通り、各種のデータを記載するパートである。次に、2の「明細書」だが、この部分は、より詳しく、以下の 3つのパートに分けられる。

2 A、特許請求の範囲
2 B、発明の詳細な説明
2 C、図面の簡単な説明(図面なしの公報には、ない)

このうち、2Aの「特許請求の範囲」が、公報全体の中でも最重要の箇所である。要はこの部分で、「この発明のココが特許だ!」という主張がなされているのである。そして、ここをどう記述するのかが、特許が認められるかどうかのポイントになる。特許公報のキモともいえる非常に重要な部分なので、これについては独立したコラムを設けた。詳しくはコラム4を参照してほしい。

次に、2Bの「発明の詳細な説明」だが、これはふつう、以下のような構成になっている。

「産業上の利用分野」(または「発明の属する技術分野」)

「従来の技術」

「発明が解決しようとする課題」

「課題を解決するための手段」

「作用」(省略されることもある)

「実施例」 (または「発明の実施の形態」)

「発明の効果」

早い話が「この発明は、こういった分野のもので、従来はこういう技術があったんだけど、こういう問題点があったから、それを解決するために、こういった構成にして、具体的な実現方法はこんなふうにして、そんでもって、こういう効果が得られるんだよ」というストーリーになっているのである。

公報の種類いろいろ
さて、鈴木大地氏の公報ではタイトルが「特許公報」となっていた。これは、特許庁で審査した結果、特許として認められたということだ。だがもちろん、出願された発明すべてが特許として認められるわけではない。大ざっぱにいって特許が成立するまでには、

特許出願 → 出願内容の公開(「公開特許公報」の発行) → 審査 → 特許成立(「特許公報」の発行)
(*ただし、出願公開前に審査される場合もある。また、出願公開前に特許が成立した場合、公開特許公報は発行されない)

という手続きが必要なのであり、上の鈴木大地氏の発明は、こうした試練を経てめでたく特許として認められたもののひとつなのである。

上の流れからもわかる通り、出願された特許は、出願日から1 年6ヵ月後に、ひとまずその内容が公開されることになっている。「こんな特許が出願されましたよ」ということを、世の中に公表するのだ。そしてこの段階で発行される文書が「公開特許公報」である。つまり、特許の公報にはこの「公開特許公報」と「特許公報」の2種類があるのである。

表2 2種類の特許公報

名称 目的 番号の表示例 表示の意味
公開特許公報 出願内容の公表 特開平5-12345号 平成5年の12345番目に出願公開された特許出願(2000年からは「特開2000-12345」といった西暦表示となった)
特許公報 許可された特許の公表 特登録2512345号
または
特公平5-12345号
2512345番目に登録された特許
(ただし、開始番号は2500001)
平成5年の12345番目に出願公告された特許出願
(なおこの「特公平」という記述は現在は使われていない。平成6年(1994年)の特許法改正以前には、登録の前に「出願公告」といって、特許を付与する予告がなされていたのだが、その頃に使われていた古い表示方式である)

 

さて、特許公報については以上の通りだが、実用新案の場合、事情は少々異なる。実用新案は、特許と違って登録にいたるまでの「審査」がないのだ。その手続きは、

実用新案の出願 → 無審査で登録

という流れになっている。実は以前は実用新案にも審査制度があったのだが、平成5年(1993年)の実用新案法改正によって「無審査主義」が採用され、審査がなくなったのである。だから現在、実用新案の公報は1種類だけである。

表3 現在の実用新案公報

名称 目的 番号の表示例 表示の意味
登録実用新案公報 登録された実用新案の公表 実登録3012345 3012345番目に登録された実用新案
(ただし、開始番号は3000001)

 

ただし、「無審査」になる以前の実用新案制度においては、特許の場合と同様に、公報は2種類あった

表4 平成5年の法改正以前の、実用新案公報

名称 目的 番号の表示例 表示の意味
公開実用新案公報 出願内容の公表 実開平4-12345 平成4年の12345番目に出願公開された実用新案登録出願
実用新案公報 許可された実用新案の公表 実公平4-12345 平成4年の12345番目に出願公告された実用新案登録出願

 

つまり、実用新案の場合、古い方式のものも合わせると、合計3種類の公報があることになる。以上で基礎知識は終わりである。さっそく本文に進み、具体的な特許の実例を見ていこう。

稲森 謙太郎 (著)
出版社: 太田出版 (2000/07)、出典:出版社HP