事例で学ぶ ビオトープづくりの心と技: 人と自然がともに生きる場所




ごあいさつ

日本ビオトープ協会は、日本各地域の気候、風土の特性と結びついたビオトープの創生を通じて、人間と自然が共生する社会の推進を図り、環境保全に寄与することを目指し、1993年(平成5年)に発足いたしました。

「社会教育の推進」「まちづくりの推進」「環境保全」「子供の健全育成」を掲げ、さまざまな活動を行って参りましたが、いまでは<ビオトープ>という言葉が専門用語の範囲を超えて一般に浸透しています。多くの自然が破壊されてきた現在にあって、自然環境の保全・再生・創出は、ますます重要性が増しています。

協会が発足して20年という節目の2013年度に、記念事業の一つとして、全国各地域の会員・ビオトープアドバイザーが取り組んできた事例とその技術的な留意点を募り、このたび「ビオトープづくりの心と技」として出版される運びとなりました。

ご協力いただきました施工主の方々はじめ多くの関係者に対しまして、この場をお借りして心よりお礼申し上げます。

この本は、多様な生物を育むビオトープづくりにおいて、それぞれの地域特有の環境に対応しつつ、自然環境の再生に取り組んだ事例をできるだけわかりやすく紹介するよう編集いたしました。各地において環境整備を実施するにあたり、ここに示されたビオトープづくりとその維持保全の手法によって、今後ますます重要な位置づけとなる「生物多様性の保全」を意識し、人にとっても心地よい生活空間創出を図っていただきたいと願っております。

この本では、自然環境に応じたビオトープとして「森」「川」「池や湿地」「乾燥地」での事例、また、用途に応じたビオトープとして「公園」「企業」「学校」「事務所・駐車場」とわかりやすく編集いたしました。また、これらの事例は、単にビオトープづくりの技術に留まらず、地域の歴史や文化も含めた「人と自然がともに生きる場所」として捉えて整備方針・工法・整備効果・利活用の方法などをまとめて紹介しています。

ビオトープの整備完了は生物多様性の保全に向けたスタートラインです。ビオトープが地域の「身近な自然」として定着していくためには、その後も続く多くの人の関わりが大切です。計画・整備に関わった人たちから維持管理・利活用に参加する人たちのネットワークを地域に広げて行くことが重要だと思います。専門知識を持った人から生き物が大好きな子どもたちまで、楽しんでビオトープづくりに邁進してほしいと思います。

この本が土木・建築などの技術者や施工事業者はもとより、行政、企業、住民そして学生など多くの方々に活用され、わが国全体に「ビオトープづくりの心と技」が広がっていくことを願っております。

特定非営利活動法人 日本ビオトープ協会
会長 櫻井淳

刊行に寄せて

19世紀当初に10億人であった世界の人口は、2015年には70億人を超えるまで急速に増加している。5百万種もの生物が存在する地球上で、ホモサピエンスとしての私たちが増加と繁栄を遂げることができたのは、多様な生物種が繰り広げる競争と共存の世界、すなわち多様性ゆえの安定性をもたらしているエコシステム(生態系)の存在がある。

表現を変えれば、私たちが道具を開発し、生活様式を進化させ、豊かな感性と文化を築くことができた基礎として、グローバルな地球環境の安定性に加えて、身近な自然の存在と生き物とのふれあいを抜きにすることはできない。

自然を改変・破壊したことが直接間接のきっかけとなり、日本そして地球的規模で大きな自然災害や異常気象が多発している。また、自然や生き物とのふれあいが希薄化したことから、人々の感性が鈍化し、社会が落ち着きを失いつつあるともいわれている。これらの不安定化への反省として、生物多様性の保全、生き物空間の創造、身近な自然とのふれあいを求める大きな動きがあり、その代表的なものが「ビオトープ」である。

四半世紀の歴史しかないにもかかわらず、「ビオトープ」が一般にもよく知られており、学校や地域でのビオトープづくりも盛んであり、すでに小学生の教科書でも取り上げられている。行政や企業は、生物多様性国家戦略の具体的な行動として、創意と工夫を織り交ぜたビオトープを各地で整備している。地域の自然環境を支える多様な生き物の住む空間・ビオトープは、森林、川、池、湿地、乾燥地など場の特性を生かしてつくられている。

日本におけるビオトープづくりを先導している日本ビオトープ協会は、本書において場の特性に応じたビオトープづくりの概念と事例をまとめている。地域が違い、場が違えば、つくられるビオトープも違ってくるが、ビオトープに関する基本的な考え方を理解し、多くの事例を検証することが最も大切である。そのための教科書として、ビオトープづくりを始めようとする方々には、本書を有効に活用していただきたいと願っている。

特定非営利活動法人 日本ビオトープ協会 代表顧問
神奈川県立産業技術総合研究所理事長、元横浜国立大学長
鈴木 邦雄

NPO法人 日本ビオトープ協会 (編集)
出版社: 農山漁村文化協会 (2019/6/24)、出典:出版社HP

この本の構成

全体の構成は大きく「白然環境に応じたビオトープ」「用途に応じたビオトープ」の二つに分けています。その上で、「森のビオトープをつくる」などの自然の形態ごとのテーマや「公園ビオトープをつくる」などの設置場所ごとのテーマを設けて、テーマごとに施工にあたってのポイントや解説、先進事例の紹介をセットにして取り上げています。

<施工にあたってのポイント>

ビオトープのイメージ写真に、注意するべきポイントを書き込んであります。
その場所の自然環境や用途によって、ポイントが異なります。

<技術解説>

施工のポイントについて図面やイラスト、写真を使いながら、さらに詳しく解説していきます。

<先進的な事例紹介>

全国の先進的な事例を「整備方針・配慮のポイント」と「整備効果・展開の仕方など」の観点から具体的に紹介しています。

■この本の内容やビオトープに関するお問い合わせは巻末の日本ビオトープ協会事務局までお寄せください。

NPO法人 日本ビオトープ協会 (編集)
出版社: 農山漁村文化協会 (2019/6/24)、出典:出版社HP

目次

ビオトープの意義
ビオトープづくりの進め方

自然環境に応じたビオトープ

森のビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・滋賀県営都市公園 びわこ地球市民の森
・うねべ里山
・幌加内ビオトープ
・地底の森ミュージアム野外展示 氷河期の森

川のビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・西広瀬工業団地ビオトープ
・三田川 水辺の学校
・滝見ビオトープ
・普通河川 ソウレ川
・普通河川 山田川
・準用河川 太田川
・一級河川 矢作川 古水辺公園
・普通河川 加納川
・一級河川 安永川
・一級河川 明知川
・準用河川 五六川
・揖斐川・根尾川・牧田川
・東京農業大学 伊勢原農場内の栗原川
・日本橋川

池や湿地のビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・岩手県立大学 第一調整池
・古鷹山ビオトープ
・里山くらし体験館 すげの里
・宮原ホタルの郷
・ひたちなか市常葉台

乾燥地のビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・豊田市立浄水小学校

用途に応じたビオトープ

公園ビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・国営備北丘陵公園
・深田公園
・児ノロ公園
・インター須坂流通産業団地 緑地公園 井上ビオガーデン
・日野いずみの郷
・山田川バイオガーデン

企業ビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・エスペックミック株式会社 神戸R&Dセンター
・イオンモール株式会社 イオンモール草津
・オムロン株式会社 野洲事業所
・いわてクリーンセンター
・ヤンマー株式会社 ヤンマーミュージアム 屋根の上のビオトープ
・株式会社ブリジストン彦根工場 びわとーぷ
・株式会社豊田自動織機 大府駅東ビオトープ
・深川ギャザリア・ビオガーデン フジクラ 木場千年の森
・ダイキン工業株式会社 ダイキン滋賀の森
・パナソニック株式会社 共存の森
・旭化成株式会社 守山製作所
・株式会社ホロニック セトレマリーナびわ湖
・株式会社鈴鍵 下山バークパーク
・アイシン精機株式会社 エコトピア
・サンデンホールディングス株式会社 サンデンフォレスト
・豊田鉄工株式会社 トヨテツの森
・トヨタ自動車株式会社 びおとーぷ堤
・旭化成住工株式会社 湯屋のヘーベルビオトープ

学校ビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・学校法人ヴォーリズ学園 近江兄弟社小学校
・ひたちなか市立前渡小学校 ホタルの里
・ひたちなか市立長堀小学校 長堀ホタルの里
・甲賀市立油日小学校 エコパーク
・豊田市立寿恵野原小学校
・豊田市立拳母小学校
・学校法人 名進研小学校
・学校法人永照寺学園 永照幼稚園
・社会福祉法人得雲会 青松こども園
・東近江市立愛東北小学校 びわ湖の池
・東近江市立湖東第二小学校 湖二っ子ビオトープ
・社会福祉法人微妙福祉会 くまの・みらい保育園

事務所・駐車場ビオトープをつくる
ポイント
case (事例)
・水嶋建設株式会社 水嶋の庭−水・緑・景−

ビオトープをつなげる生態系ネットワークの形成
命をつなぐPROJECT

<巻末資料>
NPO法人日本ビオトープ協会 「ビオトープづくりの心と技」編集委員会
NPO法人日本ビオトープ協会 法人会員

NPO法人 日本ビオトープ協会 (編集)
出版社: 農山漁村文化協会 (2019/6/24)、出典:出版社HP

ビオトープの意義

失われた生息域や生態系のつながりを回復するビオトープづくりへ

「ビオトープ」とは、ドイツ語で「いのちの場所」あるいは「生息域」を意味する言葉です。もともと「ビオトープ」という言葉は、ギリシャ語の「bios](バイオス生命)と「topos」(トポス場所)を組み合わせて、ドイツの生物学者がつくった合成語です。

生物資源を意味する「バイオマス(biomass)」という言葉や、場所の持つ歴史・自然・文化への愛着を意味する「トポフィリア(場所愛)」といった言葉も同じ語源から生まれた言葉です。

本来、「ビオトープ」は自然であるか人工であるかを問わず、野生生物が生息・生育するすべての「生息域」を意味する言葉ですが、近年、わが国では、周辺の土地利用に合わせながら、失われた生息域や生態系のつながりを回復するために人為的につくった「ビオトープ」の意義が重視されています。つまり、「失われた自然の回復」だけでなく、「人と自然の共生」を創り出すためのビオトープづくりが重視されているのです。

ですから、どんな場所にでも同じビオトープをつくればよいというはずはありません。良いビオトープをつくるためには、その場所(トポス)の地形・地質やそれらの上に成り立っていた生態系の姿、周囲の生態系とのつながりを知ることが大切です。

また、そこで営まれてきた人々の歴史や文化、暮らしを知ることも、そして現在、その場所が人々の日常とどのように関わっているのか、これからビオトープをつくることによってどのような関わりを生み出していくのかということに想像力を働かせることも大切です。

生態系に配慮した土地利用で自然の生物とともに生きる場所をつくる

2010年、環境省が発表した「生物多様性総合評価報告書」は、「人間活動に伴うわが国の生物多様性の損失は全ての生態系に及んでおり、全体的に見れば損失は今も続いている。」としています。

右の表に示されているとおり、森林生態系や陸水生態系など4つの生態系で、「本来の生態系から大きく損なわれている」状態であり、さらに今後も損失が続いていく傾向にあります。

その要因として、第1の危機(開発・改変、水質汚濁)、第2の危機(利用・管理の縮小)、第3の危機(外来種・科学物質)及び地球温暖化の危機が挙げられていますが、開発による損失は今後の損失は鈍化するが、高度成長期の開発による大規模な損失からの回復が課題とされています。

つまり、わが国の生態系を保全・回復するうえで、過去の開発を経て利用しされている場所、言い換えれば都市部や工場にビオトープをつくることは大きな意義があると言うことができます。
そして、今後さらに増大すると予想されている外来種による影響を防ぐために、ビオトープづくりによって外来種や国内外来種を駆除していく必要があります。

わが国の国土で、所有者がいない土地はないでしょう。土地所有者は、それぞれ目的をもって土地を所有し利用していますが、もし土地所有者が生態系への配慮を行うことなく土地利用を進めたとしたら、自然の生物は生きる場所を失ってしまうことになります。

ビオトープをつくることは、土地所有者が本来そこに生きているべき生物のために土地利用の仕方を少し変えること、ひとと自然の生物がともに生きる場所をつくることなのです。

ビオトープづくりは人々の「場所への愛着」をつくること

ビオトープは、人と自然がともに生きる場所です。ビオトープをつくることは、その場所の自然を知ることであり、自然の恵みを受けて暮らしてきた人々の歴史や文化を知ることでもあります。「いのちの場所 (ビオトープ)」をつくることは、人々の「場所への愛着 (トポフィリア)」をつくることでもあるのです。

ビオトープづくりの進め方

1. ビオトープの基本計画を立てる
〈造成する位置の選定〉
・都市部のビオトープ
・郊外のビオトープ
・企業、学校のビオトープなど

〈ビオトープの設置場所〉
・平地
・山地
・建物の屋上など

〈ビオトープの種類〉
・川のビオトープ
・池、湿地のビオトープ
・森ビオトープ など

2. 周囲の自然(生態系)を知る
・現地や周囲の生態系調査…生物の種類、生息状況
・国田のビオトープネットワーク….川、山、田んぼ、公園緑地、街路樹、企業緑地、学校林など
・呼び込み可能な生物の調査…生物の移動距離はさまざま

生物の移動距離

3. ビオトープの目的を考える
・地域の自然の保全…生物、植物など生態系の保護(「人間対自然」の比率をどこにおくか?)
・子どもたちの環境学習の施設(教材)…「遠くの自然より、近くの自然」が基本
身近に生物と触れ合い、自然を感じる場所として活用
・ビオトープ公園…地域住民が訪れる憩いの場(人間の五感が快適な空間)だが、あくまでも主役は生き物たち

4. 目的や呼び込む生物に応じた手法を選定する ※解説ページ参照
・導入する技術によって多種多様な生物を呼び込むことができる。
・多様性のある水辺、護岸…カエル、イモリ、水生昆虫、トンボ、ホタルなど
・自生種の森…鳥、チョウ・カブトムシなどの昆虫、ヘビ・トカゲなどの爬虫類など

5. 維持管理の方法・技術を習得し、実践する ※冊子「ビオトープの維持管理」参照
・草刈、除草の方法…草原はところどころに茂み(ブッシュ)を残す。移動の時の生物隠れ家、棲み家になる。
小川の護岸の茂みは外敵から身を守る! 草丈を調整することで、大小さまざまな生物が訪れる(トンボなどは草丈によって訪れる種類が違う)。
・その他いろいろな管理方法があるが、あくまでもビオトープは生物が主役である。生物の目線で管理を行えば多種多様な生物が訪れてくれる。

ビオトープをつくったら、 最初に戻ってきたのは子どもたちでした。

NPO法人 日本ビオトープ協会 (編集)
出版社: 農山漁村文化協会 (2019/6/24)、出典:出版社HP