証券アナリストのための数学再入門




はじめに

世の中には2種類の人間がいます。男と女ではありません。大人と子供でありません。数学頭人間と文学頭人間です。

この本を手に取っているあなたは文学頭人間でしょう。別にあなたを非難しているわけではありません。文学頭でも日常生活には特に不自由しません。むしろ恋愛をするときなどにはかえって都合が良いかもしれません。

しかし、文学頭は証券アナリスト試験を受験する時にはとても不利になります。私は30年近く生命保険会社でほぼあらゆる資産運用実務を経験しました。この間、ほんの少し数学が苦手なために証券アナリスト資格取得を断念する人をたくさん見てきました。

その後、(社)日本証券アナリスト協会で証券アナリスト教育・試験の運営実務に携わることになり受講生の方がどんな点に悩みまた躓くのかを直接知る機会が増えました。本書はこうした体験を踏まえて証券アナリスト試験合格のためにあなたの頭を改造しようという本です。

文学頭、数学頭と言っても生まれつき固定しているものではありません。誰でも正しい方法論を身に付けてほんの少しの努力をすれば数学頭人間になれます。そう、子供がやがて大人になるように。偉そうなことを書いていますが、この私も典型的な文学頭人間です。

仕事の必要に迫られて渋々数学を勉強しましたが、今から思うと随分遠回りしました。この本では一番の近道を示したつもりです。私が丁寧に道案内しますから一緒に数学頭をつくりましょう。そして証券アナリスト試験に合格し、それぞれの分野で活躍し楽しく充実した人生を送りましょう。

本書は3種類の証券アナリスト試験、すなわち(社)日本証券アナリスト協会が行う証券アナリスト試験、ACIIA®が行う証券アナリスト国際資格試験(CIIA®)およびCFA協会が行うCFA®試験で扱われる数学問題を全てカバーしたつもりです。

逆にこれらの試験で扱われない数学には一切触れていません。読者としては高校であまり数学を勉強しなかった方、高校の数学を忘れてしまった方および統計学を勉強したことのない方を想定しています。

本書の大きな特徴は、証券分析理論の中から数理的分析を必要とするもみを抽出し、これを縦軸に通し、数学と統計学は横軸として必要なつど解説していることです。数学や統計学だけ続けて勉強するととても疲れますし、実際の試験問題は証券分析の問題として出題されるのでこれが最も実践的なアプローチだと思います。説明はできるかぎり具体的な例題形式で行い、学んだ知識をすぐに確認できるように過去問を含む練習問題を豊富に用意しました。

本書は、第I部イントロダクション、第II部収益率の測定、第II部ポートフォリオの管理、の3部構成になっています。イントロダクションでは、最初に「数学学習の方法論」という章で数学への接し方、勉強の仕方を詳しく説明します。つぎに「証券アナリストに必要な数学」という章で、アナリスト試験および教育に含まれる数学と学校教育における数学の関連を確認します。

第Ⅱ部収益率の測定では、証券分析におけるリスク指標としての分散と標準偏差について学んでから、証券価格決定の基礎である裁定取引と収益率決定の基礎である複利利回りについて体系的に学習します。この途中で等差数列、等比数列、対数の計算に習熟し、最後にオプション価格の計算で締めます。

第Ⅲ部ポートフォリオの管理では、視点を個別資産からポートフォリオ全体に転じます。株式ポートフォリオ管理、債券ポートフォリオ管理に固有の問題を検討した後、統計学の諸手法のポートフォリオ管理への応用を実践的に学習します。この途中で分散、共分散、仮説検定、微分、積分等を使いこなせるようにし、最後は回帰分析と多変量解析の基礎で締めます。

ずい分盛り沢山な内容だと思われるかもしれませんが、証券アナリスト試験で用いられる数学は実は特殊なものではなくまた範囲もごく限られています。本書をマスターすれば数学で躓いて不合格になるということはありえません。

それでは、頭の改造の旅へ、いざ出発!

*練習問題のうち、過去問!マークをつけた問題は実際に証券アナリスト試験に出題されたもので、(社)日本証券アナリスト協会の許可を受けて掲載したものであり、無断でこれを複製することを禁じます。

金子 誠一 (著), 佐井 りさ (著)
出版社: ときわ総合サービス; 増補改訂版 (2012/05)、出典:出版社HP

増補改訂版への序

本書の初版を刊行後、早くも8年が経過しました。もともと、数学や統計学が苦手な人のための証券アナリスト試験用受験参考書を意図したものでしたが、既にCMAやCFAを取得している人たちから「目から鱗だった」と言われたり、会計学や経営学を専攻する大学院生の人たちから「修士に入ってから『数学再入門」を勉強した」と言われたり、予想外の方達にも読んでもらえたのは、著者としては大きな喜びでした。

反面、なるべく易しく書いたつもりですが、本来想定していた読者の方には、ちょっと難しく感じられる箇所もあったかもしれないと反省もいたしました。

証券アナリスト講座は2006年~2008年にかけて大きく改訂されましたが、この時の目玉のひとつが、それまで、「証券分析とポートフォリオ・マネジメント」の1次レベルに3冊あった数学・統計学のテキストが、1次レベル1冊、2次レベル1冊に再編されたことです。

3冊が2冊になったのですから、表面的には比重低下ですが、これは学習者の利便性・負担を考慮しつつも、本当に必要な数学・統計学の知識は1次2次を通して問うという、アナリスト協会の決意の表れと捉えるべきでしょう。協会の決意の背景には、投資実務における数学・統計学の活用が進んでいるという現実があります。

この増補改訂版では、アナリスト講座の改訂に伴って新たに1次レベルのカリキュラムに入った「状態価格」、2次に加わった「信用リスクモデル」の説明を加えるとともに、統計的検定・推定、多変量解析の部分を刷新し、過去問は原則として改訂後のものに差し替えました。テキストが1次・2次に分かれたことに対応し、2次レベルの内容・問題については2次!マークを付けました。

初版に対して、もっと練習問題が欲しいという声がありましたので、本文中の練習問題を増量するとともに、巻末に付録として「1次レベル過去問名作集」を掲載しました。これは証券アナリスト1次試験によく出題される計算問題の名品を選りすぐって収録したものです。結果として練習問題は2割以上増加しています。

増補改訂版には、大阪大学の佐井りさ先生に共著者として加わってもらいました。佐井先生は東京大学大学院博士課程在学中から、アナリスト協会の数量分析入門講座の講師を務め、プログラムの内容や受講生の癖などを熟知している理想的な共著者です。佐井先生には上記の改訂箇所を執筆いただくとともに、その他の部分で説明が曖昧な点などを改善してもらいました。

初版に比べると、より高度な内容も含みますが、説明はより平易に分かり易くなったと自負しています。

この増補改訂版が幅広い読者の方に、従来以上にお役に立てれば幸いです。

2012年3月
金子誠一

目次

第I部 イントロダクション
第1章 数学学習の方法論
第2章 証券アナリストに必要な数学
第3章 <数学基礎 1>
√Σ関数

第II部 収益率の測定
第4章 <統計学基礎 1>
リスクとリターン
第5章 裁定取引
第6章 <数学基礎 2>
色々な数列
第7章 収益率の基礎
第8章 <数学基礎3>
対数
第9章 様々な複利収益率
第10章 債券の利回り
第11章 オプション価格

第Ⅲ部 ポートフォリオの管理
第12章 <統計学基礎 2>
分散と共分散
第13章 株式ポートフォリオの管理
第14章 <数学基礎 4 >
微分・デュレーション・コンベクシティと積分
第15章 債券ポートフォリオの管理
第16章 <統計学基礎 3>
統計学とポートフォリオ管理
第17章 <統計学基礎 4>
回帰分析と多変量解析
第18章 信用リスクモデル

付録1 次レベル過去問名作集
さらに勉強するために
あとがき
練習問題解答
索引

コラム
裁定取引が苦手な3つの理由
ネーピアとオイラー
金融電卓とYield Book
スポットレートとストリップス債
二項モデルとブラック=ショールズ公式
微積分法の発見者
ギネスビールとt分布
Data Snooping Bias

コラム 数学の本
藤原正彦『天才の栄光と挫折』
小平邦彦『ボクは算数しか出来なかった』
サイモン・シン『フェルマーの最終定理』
吉田武『オイラーの贈物』
小川洋子『博士の愛した数式』
藤原正彦『若き数学者のアメリカ』

金子 誠一 (著), 佐井 りさ (著)
出版社: ときわ総合サービス; 増補改訂版 (2012/05)、出典:出版社HP