神社検定公式テキスト2『神話のおへそ』
神社検定テキストシリーズ
刊行に寄せて
ここ数年、パワースポットブームもあって、神社に多くの関心が集まっています。ある特定の神社に行けば何らかの力をもらえるというわけです。これは、一面では、神社の性格を表しています。
そもそも神社という神域は、神様の気を受け、その気配を感じとり神を畏む場所だからです。昔の人は、神社をそういう場所として、あたりまえに認識していたのです。むしろ、今に生きる人たちのほうが、現代という環境のせいで気配そのものを感じられなくなり、パワースポットのような文言から神社を再発見しているように思われるのです。
神社の参詣も、観光的なものから、ある種、真面目なものに変わってきているようです。神前で多くの人たちは列を作って順番に参拝し、真ん中で参拝したがる人が増えてきています。余談になりますが、真ん中で参拝しようと端のほうで参拝しようと、神様はちゃんとご覧になっていますので、神様のご加護は変わりません。
また、神社の基本的なことがらを神職に質問する人が増えてきています。これこそ、戦後的年以上が経過し、自分の足元を見つめなおしたいと考える人が増えてきた証しのように思われます。神社には、われわれの祖先が大事にして、ともに歩んできた悠久の歴史があるか
らです。
平成23年は大震災をはじめとして天変地異が相次ぎました。皆で復興に向けて努力を続けていかなければならないのは言うまでもありませんが、一方で、祈りの重要性が再認識された時でもありました。人と人との心のつながりです。
古来、日本人は大自然のなかの一員として生かされていることに感謝し、すべてに「神おわします」との観念から、自然の恩恵と神々のご加護を祈ってきました。人知を超えた存在を畏敬し、自分に命をつないでくれた祖先に感謝しつつ、豊かな自然の恵みをいただき生活を営んできたのです。
平成24年6月から「神社検定」(正式名称・神道文化検定)が始まります。このテキストシリーズは、テーマごとに毎年、刊行していく予定です。平成24年2月の刊行は『神社のいろは』と『神話のおへそ』の2冊です。検定を受検する人はもちろん、受検しない人でも、一読いただければ、見失いつつあった日本の伝統文化の根底が見えてくるはずです。
「知ってますか? 日本のこころ」。これが神社検定のスローガンです。
一般財団法人
日本文化興隆財団理事長
田中恆清
目次
刊行に寄せて日本文化興隆財団理事長田中恆清
はじめに「日本神話への誘い」國學院大學教授茂木貞純
神話の里・口絵Ⅰ
第1章 神話の世界を読むⅠ
世界の始まりに現れた神々
伊邪那岐命と伊邪那美命の結婚
島々から成る日本の国土が誕生
多くの神々を生んだ伊邪那美命の死
伊邪那岐命、火の神を斬殺し黄泉の国へ
禊祓によって最も尊い三柱の神が誕生
須佐之男命、追放される。
天照大御神と須佐之男命の対決
天石屋戸の前での神楽舞
須佐之男命、八俣大蛇を退治して妻を得る
心やさしい大国主神と兎の予言
虫攻め、火攻めの試練を乗り越えて
さらなる求婚と正妻の嫉妬
海からやってきた協力者とともに国作り
地上に降ったまま戻ってこられない神々
天つ神と国つ神の力比べと国譲り
第2章 神話の里を訪ねるI
【隠岐・近江・淡路】「国生み」の舞台
【出雲Ⅰ】八雲立つ地の火と水と
【出雲Ⅱ】神の往来する海
【出雲Ⅲ】生と死と、寄せ来る永遠の波
コラム「神々の言問ひの軌跡」鶴岡八幡宮教学研究所所長加藤健司
神話の里・口絵Ⅱ
第3章 神話の世界を読むⅡ
地上に降臨した天孫と随行の神々
木花之佐久夜毘売との結婚
海幸彦の弟・山幸彦、海神の国へ行く
鵜葺草葺不合命の誕生
伊波礼毘古命と五瀬命、東をめざす
熊野で太刀と八咫烏を得る
戦いを征し、初代神武天皇が即位
神武天皇の皇后選定
特別編三輪の大神と伊勢の大神
特別編倭建命の旅路
第4章 神話の里を訪ねるⅡ
【日向・高千穂】朝日射す瑞穂の国の山と海
【筑紫・対馬】太古の海の祭祀の記憶
【熊野】大いなる自然に神秘が籠る
【飛鳥・葛城】大和三山に射し初める“日本”の曙光
【奈良・山辺の道】まほろばの原風景を辿って
【特別編】倭建命の旅路を行く
【特別編】倭姫命巡幸の地を行く
【特別編】豊受大神のふるさと丹後
コラム「神々の語りごとの軌跡」鶴岡八幡宮教学研究所所長加藤健司
おわりに「日本神話とは何か」國學院大學教授茂木貞純
神話の里・神社所在地一覧
神話の里・お祭り一覧
はじめに 日本神話への誘い
國學院大學教授 茂木貞純
私たちの生きているこの世界は、どのようにできたのでしょうか。この宇宙がどのように生まれたのか、星空を眺めながら考えたことがあるでしょうか。今の私たちは、自分たちが地球という惑星に暮らしていて、地球は自転しながら恒星である太陽の周りを一年かけて回り、地球の衛星である月は約一カ月で地球を一周する、という知識を誰もがもっていま
す。
しかし、それは広大な宇宙のほんの一部です。科学の発展により、私たちは色々な知識を得て、地球の成り立ちなどについても少しずつ分かるようになってきましたが、根本のところは不明です。しかも、先ほど述べたような知識を私たち日本人が共有しだしたのは、近代の学校教育が始まった明治以降です。それ以前は、この国の人たちは、自分たちが生きる世界をどんなふうに考えてきたのでしょうか。千年、二千年前くらいの人たちのことを想像してみましょう。
日本列島では、今から一万年以上も前に縄文文化が興りました。温暖な気候のもと、縄文土器を使う人々が、豊富な魚介類や獣を獲り、山野の恵みで暮らしていました。この時代は非常に長く続きましたが、二五〇〇年くらい前に北九州に水田による稲作の技術が伝わると、大きな変化が起こります。弥生式土器が作られるようになり、人びとは定住し、水田を開いて毎年、稲を栽培するようになります。稲は美味しく、収穫量も多く、毎年連作ができますので、人口も増えました。誰もが競って稲の栽培を始めたことで、弥生時代へと移行したのです。
私たち日本人は、今も稲を作り、米を主食としています。現在は食糧を豊富に輸入できるようになりましたが、その基本は何も変わっていません。
日本列島は温暖な気候で、はっきりとした四季がめぐり、暖流と寒流が周囲の海を流れて、自然の恵みが豊かです。しかし、毎年必ず台風が襲来しますし、地震や津波、火山の爆発など自然の災害も多いところです。大切に育てた稲が、一夜にしてだめになってしまうこともたびたびありました。
そんな日本列島に暮らしてきた私たちの先祖たちは、この世界の成り立ちについて、日本の島々がどんなふうにできたのか、人間はどうして生まれたのか、命を支えてくれる米をどうやって手に入れたのか、災いはなぜ起きるのか――といったことについて、どのように考えていたのでしょうか。それに答えてくれるのが、神話です。
日本に文字がなかった昔から、この国に暮らしてきた人たちは、自分たちの世界の成り立ちについて、人から人へと口伝えで伝えてきました。伝えられたその物語には、たくさんの神々が登場し、さまざまな事柄の起源や由来などが説明されます。神々が織りなすそれらの物語が「神話」です。
それにしても、膨大な物語を一語一句よく忘れずに伝えたものですが、文字のない社会の人間の記憶力は想像以上に良かったのでしょう。囲炉裏端で昔話を語るおばあさんを思い浮かべてみてください。おばあさんは、いくつもの昔話を何度も同じように話すことができるのです。
そうして口伝えに伝えられてきた日本の神話が初めて記述され、まとめられたのは、八世紀はじめのことです。神話は、主として日本最古の古典である「古事記」や「日本書紀』(両者を略して「記紀」と呼びます)に記述されました。
また、「風土記」には、記紀神話にはない独自の地方神話が記述されています。これらの古典が編纂されたのは、古代律令国家の成立した時期にあたります。日本人が大陸の中国文明やインド文明に接触しはじめて久しいこの時代、中国で発明された文字である漢字を用いて、自分たちのことを記述しはじめたのです。
なかでも『古事記』は、平成二十四年(二〇一二)の今年、編纂からちょうど一三〇〇年を迎えます。七世紀後半に天武天皇の命を受け、稗田阿礼が誦習していた歴史を、太安万侶が筆録して『古事記』としてまとめられたのは、平城京遷都から二年後の七一二年のことです。
この本では、現存する最古の歴史書でもあるこの「古事記』をベースに、必要に応じて「日本書紀」などの記述も補足しながら、神話を読んでいきます。長々と漢字で書かれた神様の名前がたくさん出てきて、最初はとっつきにくい印象があるかもしれませんが、次々に繰り広げられる物語は素朴ながらもユニークで、長い年月を経た今も色あせることがありません。
世界のはじまりとこの国の成り立ちを描いた神話の世界にふれ、はるか昔の日本人が思い描いていた世界観を、ぜひ感じとってみてください。
神話解説について
■第1章および第3章「神話の世界を読む」では、基本的に『古事記』の「上巻」から、「中巻」の神武天皇の段までを解説しています。ただし、大筋を理解するのに影響のない範囲で、神様の系譜の一部や細かなエピソードなどについては省略している箇所もあります。
■基本的には『古事記」の記述に沿って神話を解説していますが、必要に応じて「日本書紀」などの記述を補足しています。
■『古事記』の記述に関しては、基本的に「日本古典文学大系『古事記祝詞』(岩波書店)の表記に従っています。ただし、旧漢字・旧仮名づかいは、新漢字・新仮名づかいに改めています。
■第3章の後半には、伊勢の神宮の創祀に関する記述、倭建命に関する記述を『古事記』や『日本書紀』から抜粋して「特別編」として加えています。
神名について
■「古事記』と『日本書紀』では同一の神様でも名前の表記が異なります。本書では出典に従って表記しており、異なる表記が混在しています。■『古事記』の中でも、同一の神様の名前が箇所によって異なる表記で記述されている場合があります。その場合も、本書では基本的にそのまま表記しています。
■第2章および第4章「神話の里を訪ねる」の神名表記については、出典がある場合は出典に従い、神社に関して記述している箇所では、その神社の神名表記に従っています。