働き方改革の担い手「キャリアコンサルタント」自分らしい生き方の支援者




はじめに

キャリアコンサルタントが二〇一六年に国家資格化されたことは、人事や人ビジネスの関係者の間では大きな話題となりましたが、それ以外の方にはあまり知られていないことだと思います。

そもそも、キャリアコンサルタントという言葉自体、初めて耳にするという方もまた、少なくはないのでしょうか。本書はキャリアという言葉や、人と仕事の関係に、何となくでも興味を持った方向けに書かれたものとなっています。

「仕事」とはどういうことでしょうか?「どこかに勤める」、「自営する」といった何らかの職業に就くことが「仕事」でしょうか?本書では「仕事」を社会(他者、組織、地域、国など)とのかかわりの中で、何らかの役割を果たすことと考えます。人は多かれ少なかれ、自分以外の社会と何らかの影響を及ぼし合いながら生きています。そして「影響を与え合いたい」、「共に成長したい」、「かかわりの中で生きている実感を得たい」と願うのです。

人は社会とさまざまにかかわりながら人生を送っていきます。社会とのかかわりや他者とのつながりから感じとる「幸せ」の中身は個人によって異なり、また、ますます多様化してきています。かつて、多くの人が経済的な豊かさを求めていた高度成長期のような、皆が共有できる「幸せな生き方」のパターンはもうどこにも存在しません。どのようなものであれ、個人が主体的に自らの生き方を選択することが求められているのです。しかし、だからこそ、「自分らしさとは何か」、「自分らしく生きるにはどうしたらいいのか」について悩む人も大勢います。

私たちがこれまで受けてきた教育の中では、もっぱら「正解」を見つけることを学んできました。「正解」とはつまり、教科書に載っているものや、親や先生が望んでいることに他なりません。また私たちは、「問い」に対しては「正解」があるという前提でものごとを考えてきており、無意識のうちに「ここで望まれている答えは何だろうか」と考えてしまっていました。

しかし、自分らしい人生を設計するうえでの課題に「正解」というものはありません。自分で考え、自分が納得できる解答を導き出さなければならないのです。自分で決めたことだからこそ、その実現に向けて主体的に責任を持って努力する生き方も可能になります。

主体的な意思決定が求められる際には常に自己責任が問われ、また、より困難さを伴います。他者から提示された答えに従い、自身は思考停止して生きたほうがはるかに楽なのです。しかし困難であるからこそ、それは個人にとって成長につながっていくのです。成長のためには、こうして乗り越えなければならない壁がいくつも存在しています。

キャリアコンサルタントとは、個人やその集合体である組織が主体的に意思決定し、壁を乗り越え、成長していく過程を支援する専門家として、今後ますます期待されている職業です。

本書によって読者の皆さまに、キャリアコンサルタントの価値ややりがいの一端がお伝えできれば幸いです。

田中 稔哉 (著)
出版社: 日本マンパワー出版; 四六判版 (2017/4/6)、出典:出版社HP

<目次>

はじめに

序章 「キャリアコンサルタント」って何?

1 キャリアコンサルティングとは
2 キャリアコンサルタントの歴史
3 増していく重要性

chapter1 キャリアコンサルタントという仕事

1 どんな仕事をしているのか?
2 どんな働き方をしているのか?
3 報酬はどれくらいなのか?
4 資格や経験は必要なのか?
「多くの経験を活かしながら、研究と実践の途を進んでいます」
「休職者の復職支援に向け、人と課題をコーディネートします」
「キャリアコンサルティングを通じて、幅広い層の方に自らの人生の意味を実感していただきたい」

chapter2 さまざまな分野で活躍するキャリアコンサルタント

1 企業内での活躍
「偶然が導いてくれたカウンセリングの仕事」
「学んだスキルを活かして、人事担当としてフル回転の日々です」
「仕事に学習を活かし、確かな自身の成長にもつなげています」
「若いメンバーとの業務コミュニケーションに役立っています」
「在職者の悩みを受け止めるという組合の持つ役割は大きいのです」
2 民間人材ビジネスでの活躍
「学んだ内容を求人・求職両方の場面に活かしています」
「多くの経験を活かしながら、自他ともに学んでいくことができます」
3 公的な就労支援機関での活躍
「私でないとできないという気持ちになれる仕事です」
「相談者に教えられ、感動することのできる仕事です」
4 各学校での活躍
「学生も一人の人間として尊重しながら支援していきます」
「不登校の生徒と正面から向き合い他者との接点を作っていきます」
5 その他、独立開業などでの活躍
「テクニックではなく、自分の本質を見つめてもらうようにしています」
「どんなときも目をそらさずに、自分を見つめていけるようになってほしい」
「面接対策講座を通じて、受講生はありのままの自分を見つめていきます」

chapter3 国家資格にチャレンジする

1 国家資格のあらまし
2 試験の概要
3 合格に向けた勉強法
4 登録と更新
5 資格取得と学習のメリット
「貴重な財産になった、仲間との出会い」
「仲間たちと一緒に学んだことが、成長と合格につながった!」
「楽しく学ぶ姿勢が試験対策に直結!」

chapter4 キャリアコンサルタントとして活躍するために求められる知識・スキル

1 対人支援職としてのキャリアコンサルタントに求められる資質
2 キャリアコンサルタントの倫理規定
3 カウンセリングに必要な支援スキル
4 カウンセリングに関する理論(心理学の諸領域)の概要
5 相談実施過程で必要となるスキル
6 キャリアコンサルタントとしての自己研鑽

●巻末参考付録
① キャリアコンサルティングの実際 —面談のやり取り(逐語記録)の例―
② キャリアコンサルタント試験の出題範囲

田中 稔哉 (著)
出版社: 日本マンパワー出版; 四六判版 (2017/4/6)、出典:出版社HP

序章 「キャリアコンサルタントって何?」

多くの人が指摘していますが、「キャリア」という言葉は、日本語では説明しにくいものです。狭い意味では「職歴」という意味に近くなりますが、広い意味では「人生」そのものを意味しています。そして、このキャリアの支援者の名称も、キャリアコンサルタントやキャリアカウンセラー、さらにはキャリアアドバイザー、就職支援員など、施設ごとにさまざまに異なっています。

本章ではまず、キャリアコンサルティングの定義と、キャリアコンサルタントは相談者(相談に乗ってもらう側の人)に対して何を意図してどんな働きかけをするのか、について述べ、その後、キャリア支援の歴史に触れて、日本においてそれが国家資格である「キャリアコンサルタント」に収斂していった経緯をお伝えします。そして最後に、今後ますますキャリアコンサルタントが必要とされる社会的背景について説明していきます。

1 キャリアコンサルティングとは

キャリアコンサルティングの定義

ここではまず、国の定義から確認していくことにしましょう。キャリアコンサルタントの国家資格化を定めた職業能力開発促進法二条第五項では「キャリアコンサルティング」について、以下のように定めています。

「キャリアコンサルティング」とは、労働者の職業の選択、職業生活設計又は職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うこと

また、厚生労働省のホームページでは、右記の定義に続いて、次のように記載されています。

キャリアコンサルティングを通じて、自分の適性や能力、関心などに気づき、自己理解を深めるとともに、社会や企業内にある仕事について理解することにより、その中から自分に合った仕事を選択できるようになることが期待できます。組織は、必ず身の希望が叶うわけではありませんが、自身の潜在的なキャリアのニーズに気づき、仕事や能力開発の機会などを通して視野を広げ、自身のキャリア形成を考えていくことが大切です。

「キャリアコンサルティングを通じて自身のキャリアプランを明確にし、そのために必要な知識・資格の習得や仕事の選択を行うなど、自身が希望するキャリアの道筋を実現していくための有力な手段の一つとして、キャリアコンサルティングを活用することができます。

キャリアコンサルタントは何をする人?

次に、厚生労働省の職業安定分科会雇用保険部会(平成二七年、第一◯八回)の「労働者のキャリア形成支援について」では、キャリアコンサルタントに関して、以下のように示しています。

「キャリアコンサルタント」とは本人の興味・適性の明確化や職業生活の振り返り(どんな能力があって、何が課題なのかの確認)を通じて職業生活設計を支援し、職業選択や能力開発の自信・意欲の向上、自己決定を促す支援を行う者

少し解説すると、人はこれまでのさまざまな経験を通じて「自分らしさ」や「ありたい自分」というものを形成しています。例えば、人から「協調性がある」とか「アニメに詳しい」といわれたり、「難関大学に入学した」などといった経験から、自分の価値観や興味、能力といった「自分らしさ」を形成しているのです。また、自分らしさを活かしたいという思いや、周囲からの評価や期待を受け止めることによって「ありたい自分」の姿を考えるようになります。私たちはこの「自分らしさ」と「ありたい自分」を合わせたものを「自己概念」と呼んでいます。

同じ経験をしていても、一人ひとり意味づけは異なります。同じ大学に入学しても、自分を「勉強ができる人」と捉えている学生がいる一方で、そう思わない学生もいます。また、「協調性がある」といわれて、それを受け入れ、自分でも協調性を大事にして生きていこうとする人もいれば、たまたまそう見えただけだと大して気にしない人もいます。つまり経験をどう捉えるか、どう意味づけるかによって、自己概念に違いが出てくるのです。

同じ経験(例:受験)をしていても捉え方でこんなにも違う

【Aさんの認識】
すごくがんばって勉強しました。勉強ができるようになった気がします。特に英語が好きになりました。

【Bさんの認識】
何となく勉強してた感じです。偏差値は上がりましたけど、勉強ができるようになった実感はありません。
個人による意味づけが「キャリア」を作る

・他者B
・誰に似たんだか、消極的だよなあ。

・他者A
・協調性があるから皆と仲良くできるね。

・他者C
・クラスの人気者だね。

・体験A
・英語の試験 20点、でも歴史は80点

・体験B
・体育祭の100m走はビリだった!

自己概念

・協調性があって、でも消極的
・クラスでは人気者
・歴史が得意で英語は苦手、
・足は遅い・・・
・(どうだろう?そうかぁ?・・・)

一度できた自己概念は、それにそぐわない経験をするとそれを受け入れないか、自己概念を調節するかの選択を迫られます。例えば、協調性があると思っていた人が「自分勝手だ」といわれた場合などです。この場合の経験を受け入れないというのは「いった人が間違っている」とはねつけるような対応です。

一方、自己概念を調節するとは「自分にはうまく協調できない人もいるかもしれないが、多くの人とはうまくやっていける」と思ったり、「合わない人と協調していくにはどうしたらよいのだろう」と自問自答し、協調性があるという自己概念を保ちながら、より多様な人とうまくやっていける方向へと成長していくことです。

このような考え方から、本書ではキャリアコンサルタントを、「相談者(これ以降、相談をしに来る人のことを相談者”と表記します)の経験に現れている自己概念を明らかにして、社会の中でありたい自分に近づけていくための意思決定ができるように支援する専門家」と考えています。

経験を意味づける

ここで「経験を意味づける」ということについて、もう少し考えてみたいと思います。「経験を意味づける」という行為は一人では難しいものです。楽しかったとか、つらかったとか、何となくモヤモヤしたとかの感情は意識できても、そうした感情に映し出されている自分らしさに気づくことは簡単ではありません。もちろんそうした気づきが自然にできたり、習慣になっている人もいます。

しかし、私たちの身に起こる経験は、簡単に受け入れられるものばかりではありません。特に自分にとって望ましくない経験には目を背けたくなります。例えば、「意に沿わない異動を命じられた」という経験があったとき、「腹が立つ」とか「悔しい」という感情は比較的簡単に自覚できるでしょう(中には、こういった気持ちを無意識に押さえ込んでしまう人もいますが)。

このときに考えられる自分らしさとは、「短気」とか「感情的」などという表面的なものではありません。怒りや悔しさといった負の感情が出るのは自己概念とのズレ、つまり「これまで保持していた自分らしさ」とか「ありたい自分」が損なわれたからだと考えるのです。逆にいえば、「こうありたい自分」があるからこそ、怒りや悔しさは出てくるのです。実際の相談者の多くは、このようなズレを抱えた状態で相談に訪れるのです。

前述の例でいえば、相談者の自己概念は「今の部署で成長したい自分」や「もっと貢献したい自分」などかもしれません。この自己概念に気づき、それを大事にしながら、この「異動を命じられた」という状況に対処していくことについて相談者が自分で考え、意思決定できるようにしていくのがキャリアコンサルタントの役割です。

もう少しいうと、この受け入れがたい経験を自分らしさの中に取り込んでいくことや、経験を糧にその人が成長していくことを支援するのです。この場合でいえば、例えば「今の部署で成長して貢献していく自分」から「異動を成長の機会と捉えて、より成長し組織に貢献できるようになる自分」へと再構成していくのです。

相談者が自己概念を再構成するプロセス

では、どうしたら相談者はこの経験に映る自己概念に気づけるのでしょうか?そこには、以下のようにキャリアコンサルタントがポイントポイントで手助けをしながら進めていくプロセスがあると考えられています。

①相談者が安心して話せる(どんな自分を語っても否定されない)関係を作り、それを維持する。
②相談者に経験を語ってもらう。語ってもらうのは出来事だけでなく、その出来事に対して感じたことや考えたことも含む。過去を語るというより、今ここにいる相談者として経験を語る。
③その語りの中にあるユニークな表現やいい方、繰り返し語られるテーマに焦点を当てて、それが相談者にとってどんな意味があるのかを考えてもらう。語られた経験は何らかの意味づけを伴って記憶されてきている。

※キャリアコンサルタンコンサルタントと相談者との具体的なやり取りの例(逐語記録)は、巻末に掲載しています。

④相談者の経験の語りの中にどんな自分(相談者自身)が見えるか、何を大事にしている自分が見えるか、自分としてどうありたいのかを問いかける。
⑤こうありたいという自己概念が出てきたら、それを大切しながら、どう課題に対処したら良いかを考えてもらう。ありたい自分というものは内面的なあり方でもあるし、社会の中でこうありたいという役割のようなものである。
⑥対処の仕方について方向性が定まってきたら、具体的な方法について一緒に考える。キャリアコンサルタントからアドバイスや情報提供も行う。
⑦現実の課題解決へ向けた行動の進捗管理や勇気づけを行う。
⑧一連の経験を経て再構成された(成長した)自己概念を持って、新たな経験に対処することを促す。

相談者を尊重し、自己決定を支援するための役割を担う

相談者にこのプロセスを促していくためには、キャリアコンサルタントには一定の訓練が必要になります。単にスキルの問題ではなく、キャリアコンサルタント側に話しづらい雰囲気があったり、相談者の語りに対して評価的であったり、こういう人はこうだなどと決めつけた応答があると、相談者は経験(出来事とそれについての感情・思考)をありのままに語ることができません。多くの相談者はつらかったり、受け入れがたい経験を語ることになります。

それだけでも話しにくいのに、さらにそこに映る自分らしさについても考えなければならないのです。最初はダメな自分、嫌な自分が出てくることがあります。それを見る勇気を持ってもらえるようなかかわりが必要です。そのためには、相談者が何を語っても尊重されていると実感できる場がなければなりません。相談者はまず自分の嫌な面を受け入れることで、その背景にある「ありたい自分」を実感できるのです。

また、相談者は最初からすべてのことを本音ではしゃべってくれません。キャリアコンサルタントは相談者の態度や表情を観察し、発する言葉の意味を慎重に探りながら、相談者が自己決定できるように支援します。キャリアコンサルタントは勝手に問題を特定して、安易に解決策を提示するような役割ではありません。

田中 稔哉 (著)
出版社: 日本マンパワー出版; 四六判版 (2017/4/6)、出典:出版社HP